インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

Amazonの注文履歴を振り返る

ジョシュア・ベッカー氏の『より少ない生き方』を読んでいたら、Amazonの注文履歴を確かめるという話が載っていました。

アマゾンの注文履歴を見て愕然としたことが、オンガロ夫妻にとって自分を知る大きなきっかけになった。共働きで子供のいない夫婦が、やりたいことがあってもお金が足りないためにあきらめていたのは、つまらないものに散在していたからだ。
2人とも、数日おきにネットで何かしら買っていた。(102ページ)

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より少ない生き方 ものを手放して豊かになる

まるで自分自身ことを書かれているかのように感じました。それで私もAmazonの注文履歴を確かめてみることにしました。領収書が必要なときや予約注文品の配達予定日を確認するとき以外はほとんど見ることもないページです。なんと、Amazonには私のこれまでの購入履歴がすべて残されていました。2002年からです!

じっくりと眺めていると「ああ、確かにこんな本やこんなものを買ったなあ」とかなり懐かしく感じることしきり。でもそれを上回って感じたのは、「ずいぶん無駄な出費をしてきたなあ」ということです。私は基本的に本にはあまりお金を出し惜しみしないようにしていますが、それでも「どうしてこの本を買ったのだろう」と思うような本が少なくありません。

それらはすべて古本屋さんに売ってしまっていますが、購入履歴を眺めながらなぜその本を買ったのかを思い出してみると……ネットで、とりわけSNSで宣伝ないしはお勧めされていて、つい「ポチっ」と買ってしまったものがほとんどでした。

本ならまだしも、それ以外の様々な品物にも、いまとなっては完全に浪費だったと思えるようなものがあれこれとありました。これもまたネットで、SNSでたまたま接した情報の熱に浮かされるようにして購入したものたちでした。ジョシュア・ベッカー氏はこう言っています。「一つひとつの金額はたいしたことがなく、それに買い物をすると、ドーパミンが分泌されてその瞬間は気分がよくなる」。

確かにその通りです。こうした事実を突きつけられるにつけ、やはりネットやSNSの「注意経済」には文字通り注意しなければと思うのですが、ジョシュア・ベッカー氏は容赦なくこうたたみかけます。

しかし、外側の影響のせいだけにしているようでは、自己分析はまだまだ不十分だ。
残念ながら、外側の責任よりも、むしろ自分の責任の彭が大きいのだ。
私たちが買うのは、誰かにムリヤリ買わされたからではない。買いすぎるのも、ものをため込み過ぎるのも、すべて自分で決めたことだ。(中略)まずは自分の内面を見つめるところから始めよう。

ぐぬぬ……。

かつて家計の無駄な出費を可視化するために、すべてのレシートや領収書を取っておいて、月末に項目別に整理して合計金額を出し、それが自分の収入のうちどれくらいを占めているかを確かめるというのをやったことがあります。それで私はずいぶん出費を抑えることができた(例えばスターバックスなどのコーヒーショップをほとんど利用しなくなりました)のですが、これはけっこう面倒な作業なので続きませんでした。

でもAmazonなどネットショッピングの購入履歴を閲覧するのはとても簡単で、なおかつAmazonの場合は画像も載っているので、よりどんなものを買ったのかがイメージしやすく、自分のお金の使い方を振り返るのに最適だと思いました。