インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

きらめく共和国

むせかえるほど濃密で圧倒的な存在感を誇る緑のジャングルに囲まれ、茶色い泥水が滔々と流れる巨大な川に面した架空の街、サンクリストバル。その街に出没する子供たちの集団は、理解不能の言語を話し、スーパーを襲撃し、街の人々を混乱に陥れた上、突然全員が死亡するーー。

極めて不可思議な展開の物語とラテンアメリカと思しき舞台背景に、読み始めは「マジックリアリズム」という安易な括りを与えてしまいそうになりましたが、これは極めて現実的なシチュエーションで展開するお話。魔術的なのだけれどもよくよく読んでみると魔術的なところなどなく、これは現在の私たちのまわりにも極めて似通った事態があるよなあと思わせられます。

その意味では怖い物語でした。不可思議な「事件」の顛末も怖いけれども、その様々なエピソードがいまの私たちの現状をも撃ち抜いているという点でも怖い。それは大人と子供の間にある暴力であったり、愚昧な政治家や役人のふるまいであったり、大衆迎合的なジャーナリズムのありようであったり、その大衆自身のしたたかさや愚かさであったり……。我々の風土とは全く異なるどこか遠い場所の話でありながら、我々のすぐそばにある不安や恐怖や問題を掴みだしているのです。

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きらめく共和国

謎解きのスリリングさ、「事件」の22年後から主人公が回顧する形をとった物語の展開方法、様々な文学や音楽や学問の引用、どれをとっても「うまいなあ」と思わせる豊かな文学体験をもたらしてくれます。個人的には理解不能な言語の部分にも興味を惹かれました。終盤になって明らかになる「きらめく共和国」という題名の意味もまた……。

なにを書いてもネタバレになりそうで怖いので、これ以上は書きません。それほど長大な物語ではないので、ガルシア・マルケス莫言の作品に立ち向かうときのような「覚悟」はなくても大丈夫。おすすめです。