インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

きっと親から吹き込まれたのだろうと想像します

ジムのトレッドミル(ランニングマシン)で走っている時に、YouTubeで「一月万冊」を見ていたら、ものすごいエピソードに遭遇しました。参議院議員・木村英子氏のお子さんのお話です。


東大教授と語る【菅総理の学歴ルサンチマン】学歴なんか関係ない!の菅首相の真意は何処にあるのか?学歴差別と日本学術会議問題。安冨歩教授電話出演。一月万冊清水有高。

ひとつエピソードがあって、私の息子が保育園にいるときは、私の大型車椅子がスポーツカーだと思っていて、みんなに「すごいでしょ」って、子供たちに自慢するんです。だけど小学校一年生に上がった途端に、学校生活に入ったら、いきなり買い物を一緒にしていたときに、「お母さん、車椅子に乗って恥ずかしくないの?」って言われたんですよ。

これは恐ろしい〜。「一月万冊」主宰の清水有高氏は「学校という空間全体が、子供の心をそういうふうに変えてしまう」、「何か恐ろしい空気によってそこに洗脳されてしまう」のだろうかとおっしゃっていましたが、学校教育というものの本質は何なのかと深く考えさせられるエピソードだと思いました。

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https://www.irasutoya.com/2017/07/blog-post_516.html

ただ私は、学校教育というものがそういう洗脳の側面を持っているというのは同意ですが、学校の空気だけがそうした洗脳を生み出すわけではないだろうとも思います。これはたぶん、息子さんが周りのクラスメートから吹き込まれたのではないかと想像します。クラスメートから「おまえの母ちゃん、車椅子なんかに乗って恥ずかしいな」と揶揄されたのではないかと。

そしてもちろん、そのような価値観を小学校一年生の子供が持っていたとすれば、これはもうその子供の親たちがそういう価値観を持っていると推測するに難くありません。親たちが家庭で差別的な言辞を日常的に弄しているからこそ、子供がそれをある意味「素直に」真似するのです。

学校教育はそこから逃れることも可能ですが(現実にはかなり難しい選択ではあるとしても)、親から逃れることは極めて困難です。これはもう私たちの社会の構成員全体がもっとフラットな視線と豊かな教養を身につけていくしかありません。日々あまりにも無知で無教養な差別的言辞が数多く飛び交うこの日本社会で、そうした明るい未来が開けていくのか、あまりにも道は遠いように思えます。でも、これからもひとりひとりが「おかしいことをおかしい」と言い続けていくしかないですね。