趣味で続けている能の温習会(発表会)が間近に迫り、昨日は「申し合わせ」がありました。申し合わせというのは、本番の前日や前々日あたりに実際に能舞台でお囃子や地謡の方々も参加した上で、ひととおり舞ってみることをいいます。リハーサルのようなものですが、通常の演劇で行われるリハーサルやゲネプロとはちょっと違う感じがします。
通常の演劇では、通し稽古を何度も行って公演本番に近づけていくものだと思いますが、能では本番直前に一度この申し合わせを行うだけなのだそうです。それも全体をざっと確認するといった感じで、なおかつ申し合わせでも本番でも、舞台へ上がる前に入念に柔軟体操や発声練習をするということもないようなのです。
これは演劇としてはかなり特異なありようです。つまり玄人(プロ)の能楽師のみなさんは、普段から稽古を充分に積んでいて、いつでも一度限りの舞台にその芸を載せて、他の演者と同期でき、しかるべき達成を実現できるということなのでしょう。ちなみに能楽の公演は通常その一日の一回のみで、連日公演とか、マチネとソワレとか、他の演劇なら当然(歌舞伎だってそうですよね)の上演方式を採りません。
素人の私たちも、温習会の本番直前に一回だけ、お囃子や地謡をつとめてくださる能楽師の先生方や稽古のお仲間と一緒に「申し合わせ」を行います。ホントは何度もやりたいところですけど、それはもう日頃のお稽古で積み重ねておいてくださいということなんですね。今回の温習会にあたっても、その申し合わせが昨日ありました。ところが……私は出張でどうしても都合がつかず、参加することができませんでした。一期一会の舞台の、たった一度だけのチャンスだというのに。
実は私、申し合わせの日時を一日まちがえて、仕事が入っていない土曜日だと勘違いしていたのです。それに気づいたのが先週のお稽古日でした。今回はつごう二十分ほどもある『枕慈童』の舞囃子を舞うというのに、なんたる失態。何とか出張の予定を繰り上げられないか画策しようとしていたんですけど、もはや調整は不可能でした。師匠からは「まあまあ、お能は趣味ですから、ここはお仕事を優先なさって。申し合わせは私が舞っておきます」と言われました。
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というわけで、師匠が舞った申し合わせの映像と音声(お囃子も地謡も本番と同じ寸法で入っています)を送っていただいて、今日は何度も自宅でお稽古しています。でも自宅のリビングじゃ数足(数歩)進んだり、扇をかざしたりしたらすぐ壁にぶつかっちゃうんですよね。三間四方の能舞台とは全然違います。フローリングの床だって足袋を履いた足の滑り方は全然違いますし。結局、ド素人なのに玄人の能楽師さんなみに、いやそれよりもっと過酷な「ぶっつけ本番」になってしまいました。
明日は首尾よく舞えるかしら。『枕慈童』の舞囃子には「樂(がく)」があって、たくさん足拍子を踏むんですけど、せめてその拍子だけでも間違えないようにしたいです。あ、あといくつか仕舞や舞囃子の地謡にも入るんですけど、こちらも詞章を忘れないかしら……。単なる趣味のはずなのですが、なかなかにメンタル面が鍛えられます。いつか仕事より趣味を優先する暮らしにしたいものです。