インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

トリですよ

能のお稽古をしている人たちが年に一回か二回ほど発表会を行うことがあります。「素人会」とか「温習会」などとも言われるこの発表会は、玄人の能楽師と同じように能舞台に立てる機会なので、愛好者にとってはとても楽しみでありかつ緊張する時間です。

素人の発表会ではありますが、例えば仕舞の地謡(コーラス)や舞囃子のお囃子(オーケストラ)などは玄人の能楽師が務めることが多く、とても聞き応えがあります。また素人とは言っても中にはもう何十年もお稽古をしてらっしゃる方もいて、こちらもまた見応え、聞き応えがあるものが多いのです。

そんな中、私のような「駆け出し」はたいがい会の前半で「お役目」を終えて、あとはゆっくり先輩方や玄人の先生方の芸を堪能するという優雅な一日を過ごすのですが、今年の会の番組(プログラム)を見て一気にそんな気分が吹き飛びました。私がいわゆる「トリ」になっているのです。

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この番組の最終ページ、素人の方のお名前はぼかしてあります(下に並んでいるお名前は、お囃子を勤めて下さる玄人の能楽師のみなさんです)が、私の舞囃子「枕慈童」が最後にあります。素人会とはいえ、ふつう「トリ」は上述したようなこの道何十年かの手練れの方が務めるんですが、お師匠によるとそれ以外に会のエンディングにふさわしい曲(演目)が選ばれることもあるとのことです。

能には例えば武将が悲惨で壮絶な最期を迎えるとか、亡霊が暴れ回った後に祈りによって退散するとか、けっこう重苦しい題材も多くて、そういう番組を会の最後に持ってくると何となく後味が悪い(?)ので、たいがいはおめでたいお話とか、勇壮で後味スッキリ! みたいな題材の番組を持ってきて盛り上げて締める……ってのが習わしみたいなんですね。

で、今年の会はそういう「トリ」にふさわしい演目があまり揃わなくて、それで私の「枕慈童」にしたんだそうです。確かに「枕慈童」は小体な曲ではありますが、とても幻想的かつ祝祭的な気分に満ちた明るい内容ですから、会の最後に持ってくるのはよろしかろう……とは思いますが、ちょっと私には荷が重いような。うちのお師匠は、パーソナルトレーニングのトレーナーさんと同じで、こちらの限界ぎりぎりを見定めて「ひょい」とハードルを上げてくるのがとてもお上手です。

舞囃子の「枕慈童」には「樂(がく)」という中国的な舞が入っていて、足拍子をたくさん踏みまくります。せめてこの連休を利用してお稽古に励んで、一ヶ月後の会に備えたいと思います。昨日お能を見に行ったら、会場で出会った先輩(この方はトリを何度も務めてらっしゃいます)が「今回はトリですね。あれは緊張が長く続くんですよね」とおっしゃっていました。確かに今度の会は一番最初に連吟「賀茂」にも出るので、結局会の最初から最後まで緊張が抜けないことになります。まあこれも貴重な機会なので感謝して、一日楽しもうと思います。

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※入場無料、出入り自由です。