インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「きちんと椅子を戻さない問題」をめぐって

うちの学校に「CALL(コール)教室」というのがあります。LL教室としての機能のほか、生徒ひとりひとりの机にパソコンが備えてあって、主に通訳訓練に使う教室なんですが、この教室で行う授業の最後に、いつも留学生のみなさんに言っていることがあります。

退席するときに、椅子は机の下にきちんと戻してください。

まあこれ、次にこの教室を使う先生から「あのクラスの留学生はマナーがなっとらん! 椅子を使い終わったら、机の下にきちんと戻すのが日本人の……」といったようなお叱りをいただくので、よろしく指導されたし、との「お達し」が学校側から出ていてですね、それで私も毎度留学生のみなさんに申し上げているわけです。

ところが、毎回申し上げていても、毎回こんな感じです。

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う~ん、私はまあこれでもいいんじゃないかと思いますけど、これだと厳しい先生方からは「なっとらん」と言われちゃいます。というわけで、生徒がほかの教室へ移動して行ったあと、私がひとりで何十脚もの椅子を一つ一つ「きちんと」机の下に戻したりしています。

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「椅子を戻してと言って、留学生のみなさんも『はーい、分かりました』と答えるんだけど、結局戻さずに帰っちゃうんですよね」との嘆き節は他の先生方からも聞かれます。……が、私はこれ、留学生のみなさんはこれでも「きちんと戻している」つもりなんだと思うんですよね。

だって、一番上の写真だって、曲がりなりにも机の下に椅子が入っているじゃないですか。背もたれの方向は多少「あっちゃこっちゃ」していますけど、通路にまではみ出して人の通行が妨げられるというほどのものでもない。次に使う人が著しく不便を被るということもなさそう。だったら、これでいいじゃん、ということではないのかと。

とはいえ……

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さすがにここまではみ出していたら、留学生のみなさんだって「なっとらん」と思うでしょう。

これ、先日ご紹介した田中信彦氏の近著『スッキリ中国論 スジの日本、量の中国』で説かれているお話と同根のような気がします。日本人は椅子の背もたれが一直線に並ぶ程度まで「きちんと」戻すのが「スジ」だと思うけれど、留学生は「量」として全体に悪影響を与えない程度であれば、一番上の写真でもじゅうぶん「椅子を戻した」ということになるのではないかと。


スッキリ中国論 スジの日本、量の中国

ただうちの学校について言えば、日本人的な基準に照らせば「きちんとしてない」椅子の戻し方をするのは、なにも華人留学生だけじゃないんですよね。洋の東西を問わずどの国の留学生もほとんど同じです。

以前何度か通訳を担当したことがある企業の外国人新人職員研修でも、指導教官さんはかなり厳しくこの「椅子を机の下にきちんと戻す作法」を指導していました。私もまあ日本人の端くれなので、退勤時に背もたれをきちんと戻すの推奨派ではありますし、「服の乱れは心の乱れ」「部屋の乱れは心の乱れ」的な価値観を信奉するものでもあります。「仕事ができる人は、きちんと椅子を戻す」といったようなフレーズも、私たち日本人には「ぐっとくる」方が多いんじゃないでしょうか。

news.yahoo.co.jp

私もこうしたものいいには「ぐっとくる」ところが多分にあるんですけど、ひょっとするとそれはちと過剰なのかもしれない、そういうところにこだわりすぎることが私たちの不幸の一部なのかもしれない、と思いました。