インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

能動的でないと変わらないのかもしれない

先週から腰の調子が悪くて、その影響なのか右脚のももまで腫れているような違和感があって、難儀をしています。

こういう時は、二十代の頃からお世話になっている上井草の「ゴッドハンド」先生のところへ駆け込むのですが、その時は何となく回復したような状態になるものの、やはり違和感は消えず。こういう違和感が長引くたびに痛感させられるのは、やはり健康でないとQOL(クオリティ・オブ・ライフ/生活の質)そのものが下がってしまうなあ、ということです。さらに、身体が健康でないと、気持ちまですさんでくるなあ、ということです。

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https://www.irasutoya.com/

「天命を知る」歳をこえたあたりからの、訳の分からない「不定愁訴」に耐えかねて、体幹レーニングや筋トレに加え、節酒や節食を行って半年あまり。一時期「降圧剤服用寸前」まで上がっていた血圧も正常値の範囲近くまで下がり、夜中に痛みで目が覚めてしまうほどの肩凝りもなくなり、何もかも投げ出したくなるほどの疲労や不快感はかなり軽快したのですが、それでもこのしつこい腰痛だけはなかなか立ち去ってくれません。

http://tecocenter.jp/

それでも、腰痛を理由にトレーニングをサボり始めたら最後、きっと「やめちゃおうかな」というダークサイドに堕ちることは分かっているので、昨日も仕事が終わった後ジムに向かいました。いつものトレーナーさんが他の方についていたので、昨日は別のお若いトレーナーさんが指導してくれました。

この方はもともと野球をやっていて、その後整体や柔道整復を学ばれたそうで、トレーニングの合間にいろいろと、腰痛や肩凝りを防ぐための貴重なアドバイスをいただきました。そして、その方とお話ししているときに、ふと“頓悟*1”したことがありました。それは「自分で動かないと変わらない」ということです。

腰痛にしろ肩凝りにしろ、その他の「不定愁訴」にしろ、長い間悩まされて来て自分なりにいろいろな方法を試してきました。それらは病院に行ったり、薬を飲んだり、整体やマッサージやカイロプラクティックなどに行ったり……で、もちろんそれらも効果はあるんでしょうけど、畢竟これらは自分の身体そのものを自分で考えて動かしていないんですよね。ほとんどすべてを医師や薬剤師や整体師や専門の方々に預けているだけで。

体幹レーニングなどの指導を受けていて感じるのは、身体の使い方やメンテナンスって、とてもデリケートで繊細な感覚と思考、さらにはイメージ力が必要だということです。自分の身体を専門家に預けて「ああ、気持ちいい」となるのは文字通り気持ちいいんですけど、自分で意識して、考えてはいない。

それがトレーニングでトレーナーさんに指導されている時は、しょっちゅう細かい指摘や指導が入りますし、トレーナーさんが実際に身体のあちこちに触れたり、支えたり押したり引いたりされるので、その度に自分で自分の身体を調整することになります。そういう能動的な身体の使い方が蓄積されて初めて身体の不調も解消されていくのだ——それが今回の“頓悟”でした。

私が通っているジムでは、プロや社会人や学生で野球やサッカーやバトミントンなどの競技をされている方が多く調整をされています。その調整風景を横目で見ながら私のような「おじさん」も上がらない腕を上げたり、開かない股関節を開いたりと、ぶざまな姿を晒しています。

私自身はスポーツ競技が苦手、というかはっきりいってキライで、野球もサッカーも試合は全然見ないし、ニュース番組でもスポーツコーナーになるとテレビを消しちゃうし、2020年東京五輪もはっきり「開催反対」を唱えちゃうような人間ですけど、ジムで目にするアスリートのみなさんの、驚くほど繊細な調整と、それに対するトレーナーさんの指導には、いつも敬意を覚えています。やっぱりその道のプロはすごいのです。

*1:「悟る」という意味の中国語ですけど、個人的にはもうちょっと繊細で複雑な語感で捉えています。なんというのかな、ちょっとした気づき、というか、分かっているような分かっていないような不安定な状態だったのが「ことっ」と小さな音を立てて落ち着いたような感じ。

しまじまの旅 たびたびの旅 40 ……五行思想のかき氷

小さな北竿の島を、バイクで隅々まで走り回りました。かつては(今もですが)軍事上の要衝だったので、島のあちこちにその名残があります。

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茂みの奥に、廃墟のようになった軍事拠点が隠れていたり。ちょっと「秘密基地ごっこ」を思い出しますが、もちろん当時はかなりの緊張感があったはず。

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向こうに南竿の島が見えます。この拠点も今は使われていないようでした。

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バイクで、北竿のいちばん標高が高いところまで一気に駆け上がりました。ここには今も使われている軍事拠点があります。哨兵さんがいたので「ここは写真撮影禁止ですか」と聞いたら、拠点の建物はだめだけど、まわりの風景やこの拠点名「壁山荘」が書かれた碑はいいですよ、とのことでした。

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麓に北竿空港が見えます。右下はこの島いちばんの「繁華街」。

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この若い哨兵さんと少し立ち話をしました。新北市にある有名な私立大学、輔仁大学でフランス語を専攻している学生さんだそうです。「今は兵役中なんです」とのこと。私が「じゃあ“金馬獎”にあたった*1んですね」と言ったら、笑っていました。

島中走り回って疲れたので、上の写真に写っている北竿いちばんの繁華街(といっても小さな商店街という体ですが)でかき氷を食べました。このお店のかき氷「黃金餃剉冰」は、五色に色づけされた小さな「餃子」のようなものが乗っています。中身は甘いゴマ餡で、“湯圓”みたいなものですね。五色は中国の「五行思想」にもとづいているんだそうです。緑豆などのトッピングともども、しみじみ美味しかったです。

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*1:台湾の男性には兵役の義務があり、赴任地は様々です。中でも離島で、ある意味「僻地」でもある金門島や馬祖諸島に派遣されることを、台湾のアカデミー賞として有名な「金馬賞」になぞらえて(金門の金と馬祖の馬ですね)、こう言うのです。

過剰なサインシステムもいつかは減って行くのかな

西武新宿線高田馬場駅をよく利用するのですが、先日通りかかると、ホームの光景が一変していました。

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下り線ホームの床面いっぱいに、乗客が並ぶための「レーン」が描かれています。急行や準急や各駅停車で並ぶ位置が違うのに加え、今春から「拝島ライナー」の運行も始まったので、乗客が混乱しないように設置されたのでしょうね。とはいえ、この情報量。かえって混乱しないかと思いますが、同線を利用している同僚に聞いたところ、今のところはうまく機能しているようだとのことです。

日本の駅や公共施設、あるいは街中に指示や案内や標語や注意喚起や……があふれている現状、私はちょっと過剰なんじゃないかと思っていますが、日本の、それも都心の鉄道の、分刻み、いや、秒単位での運行をスムーズに進めるためには仕方がないのでしょうか。

qianchong.hatenablog.com

この高田馬場駅の光景を見て、以前市ヶ谷駅で遭遇した改札を思い出しました。

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ここは東京メトロ有楽町線南北線からJR総武線へ直接乗り換える人のための改札なのですが、たぶんここを出口と勘違いしてJR側に入っちゃう、あるいはJR接続の切符や定期を持っていないために引っかかっちゃう方が続出し、駅員さんが対応にてんてこ舞いになるので「注意喚起」したものだと思われます。

でも、ここまで情報が過剰だと、かえって分かりにくいですよね。私はこの改札をよく利用するのですが、よく利用する私でも「いったい何事?」と思わず歩みが止まりました。かえって通行を阻害しているような気もします。

この改札についてはTwitterに写真つきでつぶやいたところ、ずいぶんリツイートされました。そのせいではないと思いますが、後日同じ改札を訪れたところ、こんな感じで大幅に「沈静化」していました。

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欧米を旅すると、鉄道や地下鉄のホームがとても静かだと感じます。アナウンスはほとんどないし、こうした「注意喚起」の類もあまり見られません。まあこれはこれでちょっと不安になりますし、バリアフリーの観点からもどうかとは思いますけど、日本のこの過剰さも何とかならないかな、と思いました。これから先、日本の人口が減っていけば、こうしたラッシュ時の混雑も、過剰なサインシステムも減って行くのかしら。……あ、でも、東京の人口はまだ増加傾向にあるんでしたね。

mansionmarket-lab.com

しまじまの旅 たびたびの旅 39 ……芹壁村のスローガン

芹壁村はあちこちにスローガンがありました。中国大陸に肉薄している場所としての、かつての緊張感が静かに伝わって来るような気がします。

“發揚媽祖精神”。馬祖精神を発揮しよう。

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“軍民合作”。軍と民間は力を合わせよう。

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“光𣸪(光復)大陸”。大陸を解放しよう。さんずいに“复”は“復”の異体字だそうです。

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これも同じようなスローガン。“解放大陸同胞”。

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“檢肅匪諜”。裏切り者やスパイ、あるいは中国との密通者を厳しく取り締まろう、といった意味ですね。

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……と思えば、こんな「瑞獣」のレリーフも。映画『ルパン三世 カリオストロの城』に出てきた「光と影を結び時告ぐる高き山羊の陽に向かいし眼に我を納めよ」を思い出しました。

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“爭取最後勝利”。最後の勝利を勝ち取ろう。これも“後”の字がさんずいになっています。

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“蔣總統萬歲”。蒋(介石)総統(大統領)万歳。中国でも毛沢東さんを“萬歲,萬歲,萬萬歲”などと持ち上げていましたけど、どちらも同じようなことやってるんですね。

蔣總統萬歲 - Google 検索

“消滅朱毛漢奸”。漢奸(売国奴)朱(徳)と毛(沢東)を殲滅せよ。名指しです。後に主席となった毛沢東朱徳の次に書かれているので、国共内戦時の1930年代のスローガンでしょうか。

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歩き疲れたので、集落の比較的高い場所にある小さな食堂で、名物らしい「老酒麵線」を食べました。ほんの少しお酒の香りがするスープで、とてもあっさりしています。真ん中に“荷包蛋(ポーチドエッグ、というかこれは目玉焼きに近いですね)”が乗っていて、赤いのは馬祖特有の調味料・紅麹で炒めた肉、だったと思います。

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上品な外語を話したい

先日、とある仕事の現場で、とても中国語の流暢な日本の方にお目にかかりました。ただ、とても流暢なんですけど、ごめんなさい、とても「下卑た」中国語を話されていました。ビジネスの現場なのに、口語調が強すぎるというか、くだけすぎてるというか、「タメ口」的というか……以て自戒としたいです。

Twitterでこのような「つぶやき」をしたところ、思いがけず多くのリツイートやリプライが寄せられました。ありがとうございます。




















採録していたらなんだか「NAVERまとめ」みたいになっちゃいましたが、語学の達人のみなさんにとって、これはいわゆる「あるある」なことだったようです。

私にも「イタい」経験があります。中国語を学んである程度を経て、自分の中国語がとても進歩した実感があり、何でも話せる!というある種の「全能感」に浸っていた頃、とある教養ある中国人に「あなたは外国人なんだからそんな話し方をしないほうがいいですよ」と諭されました。当時は「?」とやや疑問でしたが、今ではその意味がよく分かります。

もちろん、語学を学んでいる段階では、時に背伸びや冒険をすることも必要ですし、臆して話さないよりは何でも口にした方が何倍もマシなのですが、この「外語は、まずは折り目正しく話そう」というの、案外ひろく共有されていないリテラシーではないでしょうか。

流行語やスラングなどを覚えるのも楽しいし、何だか別の自分になったような高揚感や、「オレはこんな言葉まで知ってるんだぜ」的な自己満足(いや、虚栄心ですか)も覚えるものなんですけど、これは個人的には大きな落とし穴かなと思っています。「語学ができると、なぜか人より偉くなったような錯覚をする」心性とも通底しているような気がします。もちろんこれは誰もが通る道ではなく、単にかつての私がおちゃらけていただけなのかもしれませんが。

qianchong.hatenablog.com

日本語を学んでいる留学生の中にも、ときおりこうした高揚感に浸っている方がいます。また「教室で教わる日本語と、日本人の友達との会話やバイト先で接する日本語が違ってる」と不満を漏らす方もいます。しかし、流行語やスラングや、ごく親しい者同士で使われる極めてくだけた物言いなどは、実は非常に高度で複雑な(あるいは高度に自由な、と言うべきでしょうか)、母語話者だからこそできるテクニックであって、非母語話者がうかつに真似ても「火傷」をするばかりでなく、外語学習のプロセスからいっても非効率的なのではないでしょうか。

先日読んだ、寺島隆吉氏の『英語教育が亡びるとき―「英語で授業」のイデオロギー―』には「母(国)語と外国語の習得過程は逆ベクトル」という一節(第二章、p.196)があり、ロシアの心理学者ヴィゴツキーの『思考と言語』がひかれていました。図書館で同書を見つけたのでその箇所を引用します。

子どもは学校で外国語を、母語とはまったくちがったしかたで習得する。外国語の習得は、母語の発達とは正反対の道をたどって進むということもできよう。子どもは、母語の習得を決してアルファベットの学習や読み書きから、文の意識的・意図的構成から、単語のコトバによる定義や文法の学習からはじめはしない。だが、外国語の学習は、たいていこれらのものからはじまるのである。子どもは母語を無自覚的・無意識的に習得するが、外国語の習得は自覚と意図からはじまる。それゆえ、母語の発達は下から上へと進むのにたいし、外国語の発達は上から下へと進むということができる。母語のばあいは、言語の初歩的な低次の特性がさきに発生し、その後に言語の音声的構造やその文法形式の自覚ならびに言語の随意的構成と結びついた複雑な形式が発達する。外国語のばあいは、さきに自覚や意図と結びついた言語の高次の複雑な特性が発達し、その後に自分のでない言語の自然発生的な、自由な利用と結びついたより初歩的な特性が発生する。
(第六章、太字は引用者)

翻訳が生硬でちょっと分かりにくいですけど、ここには例えば「子どもが日本語を覚えるように英語を学ぼう」とか「子どもが言葉を覚える時は文法なんか気にしない。だから文法や訳読なんかやっても無駄だ」みたいな俗耳に入りやすい語学指南に対する、痛烈な批判が込められていると思いました。そして、非母語話者がその言語を学ぶ時は、まずは標準的で一般的で上品な(あるいは抑制が効いた)「王道」を歩むべきであることも。

母語話者であり、しかも大人になってからこの言語を学び始めた私はとうていネイティブ・スピーカーにはなれません。もちろん向上心は必要ですけど、むしろネイティブにはなれないという諦念の後ろにこそ、語学上達の秘訣が隠されているのではと思えるのです。

しまじまの旅 たびたびの旅 38 ……芹壁村

北竿で滞在したお宿は、芹壁村の民宿です。この芹壁村は、馬祖列島の伝統的な「閩東」様式の集落建築が比較的よく保存されているところで、現在は民宿やカフェやレストランなどに活用されています。民宿のひとつ「芹壁村25號」のウェブサイトから直接予約を入れて、Paypalで入金も済ませておきました。

Chinbe No. 25 Guesthouse in Matsu / 馬祖北竿芹壁民宿:芹壁村25號

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外観は歴史的な石造りの建物ですけど、中はリフォームされて、エアコン、水洗トイレ、シャワーつき。とても清潔で快適です。

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それにしてもこの村の佇まいと、醸し出す雰囲気といったら。『天空の城ラピュタ』のようでもありますし、エーゲ海のどこかの島と言っても信じてもらえるかもしれません。

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崩れてしまって「遺跡」のようになっているところもあります。いくつかの場所では今も石が積まれつつあって、再生作業が行われていました。

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村中歩き回っても飽きないので、『世界ふれあい街歩き』風に動画を撮影してみました。あのテーマ音楽を脳内に再生させながら見てください。

youtu.be

目の前に砂浜があって、泳ぐこともできます。海から上がってそのまま民宿の部屋に行ってシャワーを浴びることができるので、とても便利です。

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おしゃれなカフェもいくつかあり、夕刻には管楽四重奏のコンサートが行われていました。

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海をながめながら、日が暮れるまで台湾産のクラフトビールを何種類か飲みました。

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ちょっと観光用に整備されすぎてしまっているきらいはあるけれど、独特の旅情を味わえる芹壁村、また訪れてみたいです。

何のための語学?

Twitter阿部公彦氏(@jumping5555)が公開されていた「英語はしゃべれなくていいは珍説か」にひかれて、『アステイオン』082号を買いました。阿部氏の文章の他にも興味深い論考がたくさんあって楽しかったのですが、なかでもトマーシュ・ユルコヴィッチ氏の「母語は世界言語によって磨かれる」は、すべての外語学習者にとって示唆に富む内容だと思いました。


アステイオン 82 【特集】世界言語としての英語

ユルコヴィッチ氏いわく、「『別世界』を知り、意識することがこそが、外国語を学ぶ者に与えられる最も重要なことがらであると思う」。外語を使ってこれまで知らなかった世界に足を踏み出し、コミュニケーションを取れるようになることも魅力的ですが、それ以上に自分の内側に新たな意識を生み出せることが語学の最大の「実利」なんですよね。

その意識は、それまでの自分を否応なしにゆさぶり、変質させていきます。「外語を学んで使っている時の自分は性格が変わっているような気がする」というのは語学の仲間内でよく聞かれることなのですが、私はそれだけでなく、外語を学んだあとは母語を使う時の自分もそれまでの自分とは違っているような気がするのです。

ユルコヴィッチ氏は、「その他にも、別の言語を学ぶことでもたらされるのは、これまで考えついたり知ることもなかった、身の周りの現実に対する新しいまなざしであったり、新しく、豊かな価値ある経験などもあろう」と書いています。こういう明哲の言葉に接すると、世上よく聞かれる、外語を学んで「ペラペラ」に、という形容の何と皮相なことかと思いませんか。

さらに「ある意味では、単一の言語という基準のみで動いている世界など、つまらなくてうんざりするものだし、自分のことにしか関心がない閉じた世界と言える」とも。これは日本の我々がいま問われている大きな課題だと思います。良くも悪くも巨大な(ほぼ)単一の言語で社会を回していくことができる我々の。

私が職場で日々接する留学生のみなさんを見ていると、日本語と母語の二つの言語(留学生ですから当然ですが)以外にも、母語の中に標準語と方言が包摂されていたり(例えば中国語の“普通話”と“家郷話*1”とか)、国の公用語が複数あってそのどれにもアクセスできたり、さらには英語も使えたりと、めくるめくようなマルチリンガルの世界に生きています。

そんな留学生の皆さんに接して、英語一辺倒で早期教育とか、早期教育による日本語への影響とか、就職のための語学とか、アジア諸言語に対する抜きがたい偏った見方とか、それをめぐる議論で堂々めぐりをしているようにも思える私たちの現状は、これはもう本当に卒業しなきゃいけないなと思います。でもこの議論、本当に百家争鳴で、とても収拾がつきそうにありません。

夢物語ではありますが、私自身は、早期から子供に外語教育を行うのはもう少し慎重にして(つまり楽しく音になじむ程度にして、早くから「実利」を意識させない)、まずは母語である日本語を豊かにすることに注力しつつ、そも母語と外語を行き来するとはどういうことかというリテラシー教育を歴史や地理などの科目と絡めながら進めるのがいいなと思っています。

そののち、必要になった人が必要になった段階から今以上に比重をかけて外語の特訓を行い(エリート教育という批判が出るでしょうけど)、全国民が外語(特に英語)を話す必要はないという現実に即した選択をしたほうがよいと思います。そして、英語だけでなく様々な言語を学べるようにし、学ぶように勧めるのです。その際に、外語を学ぶのは「将来それを使って稼げる」というような理由を第一に持ってくるのではなく、上記の論考でユルコヴィッチ氏がおっしゃるような、新しいまなざしや価値ある経験を得るためのものと位置づけるのです。

国民がそれぞれ、様々な言語を学んで、様々な新しいまなざしや価値ある経験を獲得していけば、総体として豊かな多様性を内包した活力ある社会になるんじゃないかと思うのですが……あまりに楽観的かつ空想的に過ぎますかね。

とりあえず、語学はゼニカネのためじゃなくて、新しいまなざしや価値ある経験を得るためだというのを自ら実践するため、いま「マイブーム」であるフィンランドの言語を、この春から学んでみようと思っています。自分がまたどのように変容するか楽しみです。変容するくらいまで学習が続くといいんですけど。

*1:故郷あるいは先祖代々の土地にまつわる方言。

しまじまの旅 たびたびの旅 37 ……フェリーとバイク

南竿の福澳港から北竿の白沙港までフェリーに乗りました。乗客は観光客、それも中国からのツアー客がほとんどのようです。

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島の急峻な坂道を頑張って走ってくれた電動バイクともここでお別れです。最初に借りた空港まで返しに行かなきゃならないのかな、そうすると空港から福澳港まではタクシーを使わざるを得ないかな、と思っていたら「港に乗り捨てていいよ」とのこと。

「じゃあキーはどうやって返すんですか?」
「バイクのハンドルの下にポケットがあるでしょ。そこに入れといて。後でピックアップに行くから」
「盗まれちゃいません?」
「ははは、小さい島だもん。盗む人なんていないよ」

……おおらかです。

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30分ほどで北竿の白沙港につきました。北竿では電動ではなくガソリンで走る普通のバイクを借りました。事前にネットで予約した宿が手配してくれるという話になっていたのですが、ツアーの観光客がほとんどバスに乗り込んでしまった後、こんなにがらんとした港で本当にバイクを借りられるのかしらと少々不安になっていると……

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ちゃんとバイクの業者が待っていてくれて、無事に借りることができました。ヘルメットも貸してくれるんですけど、私はマイヘルメットを持っていきました。夏はちょっと暑いですし、島内はヘルメットなしでかっ飛ばしてる兄ちゃんも見かける(違法)んですけど、ひとさまの国ではよりお行儀よくしないといけません。

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ちなみに、あたりまえですが、台湾でバイクに乗る時も免許証は必要です。ただし国際免許証は台湾では通用しないので、日本の免許証と、中国語の翻訳文が必要です。これはJAFで発行してもらうことができます。

www.jaf.or.jp

私はこれを事前に日本で申請しておいて、翻訳文の原本と、念のためにカラーコピーも数枚用意して行きました。が、南竿でも北竿でも、特に提示を求められませんでした。……おおらかです*1

北竿は南竿よりさらにこぢんまりとした島で、道も場所によってはかなり急峻でした。電動ではなく普通のバイクにしておいて正解だったと思います。海沿いの、ほとんど人も車もいない道をバイクでかっ飛ばすのは本当に気持ちがいいです。

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*1:他の場所ではきちんと提示を求められました。いうまでもないことですが、外国人である我々が無免許状態で運転するのはやめましょう。

「おばおじさん」の凋落

きのう、映画『かもめ食堂』が自分の心にはあまり響かなかったという話を書いたので、職場でもそのことを話題にしてみました。ちなみに私以外は全員女性の職場です。そしたら、みなさん異口同音に「そう? 私はすごく好きな映画なんだけど」という反応。中には映画のDVDまで買ったというファンもいました。


かもめ食堂

↓以下、映画のネタバレがあります。

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スクリーンショットは『かもめ食堂』のオフィシャルサイトより。
http://www.nikkatsu.com/movie/official/kamome-movie/

こんな会話が繰り広げられました。

私「だって、例えばお客さんがコーヒーを注文したら、その数秒後にもうコーヒーカップが運ばれてくるのはおかしいじゃないですか。あれだけ『コピ・ルアック』とかいって、コーヒーを丁寧に淹れる話がなされた後だというのに」

そう? 別におかしくないけど。

私「トンミ君が酔っ払ったリーサおばさんをおんぶして家まで行ったでしょ。で、ソファの上におばさんを降ろしたらすぐに帰っちゃうんだけど、普通そんなことする? しばらくは心配そうに見守るんじゃないの?」

そう? 別にいいんじゃない?

私「ガッチャマンの歌詞を歌いながら書き取るところだって、あんなに速く書けるはずないじゃないですか。よしんば書けたとして、ものすごく雑な字になると思うんだけど、画面には清書したような字が並んでいましたよね」

まあ確かに無理があるけど、それが何か?

私「もたいまさこ氏の演技は雰囲気があるけど、初めてフィンランドに来て、スーツケースが届かなくて、あんなに静かにしていられるかなあ。なんかこう、監督の演出も含めて日本映画にありがちな『雰囲気先行』で演技にリアリティがない……」

それはそうだけど、別にリアリズムを追求する映画じゃないんだから。キノコ狩りのシーンなんかおとぎ話の絵本の一ページみたいで素敵だったじゃない? マリメッコの服をいろいろと着てくるのがおしゃれだし、かもめもかわいいし、あの食堂の雰囲気も料理も魅力的じゃない? そういうのを楽しめばいいのよ。私は好きだけどなあ、ああいうテイスト。

……とまあ、こういう会話がなされたのです。

あああ、確かにそうでした。別に理屈で見るタイプの映画ではないのでした。素直に、かわいいものはかわいい、美しいものは美しいと「感じ」るだけでよいのです。どうして「演技のリアリティ」とか「物理的なありえなさ」ばかりにフォーカスしちゃってたんでしょう、私。

思えば十年以上前、読売新聞に取材されて記事になったことがあります。テーマは「おばおじさん」。この記事に私は、従来の男性とは違う感性という切り口で登場していました。「男は理屈を言ってばかりでつまらない」などとのたまっていたくせに、『かもめ食堂』の感想では見事にその「つまらない理屈」を開陳してしまいましたねえ。うーん、馬脚を現すというか地金が出るというか。

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この記事が新聞に出たとき、特に家族や友人には言わなかったんですけど、なんと実家の母親がその日のうちに電話をかけてきました。「あんた、あの写真の中に誰かいい人いないの!?」だって。当時私は離婚して独り者だったんです。

その後、この記事とは全く関係ない今の細君と再婚したんですけど、細君はいわば「おじおばさん」とでも言うべきオヤジ体質の人です。本棚には田中角栄とか乃木希典とかの本がたくさん並んでいますからね。そのオヤジ体質に感化されて、私も「おばおじさん」からただの「おじさん」になっちゃったのかしら、いかんいかん……と少しく反省したところでありました。

何も知らずに旅行に出かける

先般の北欧旅行は、どの国も印象深かったのですが、いちばんいまの自分に心地よく感じられたのはフィンランドでした。彼の地については事前にあまり知識を入れず、なるべく観光ガイドや旅行記なども読まないようにして行きました。観光旅行って、事前に本やネットなどで仕入れていた情報を確認するのに追われて、確認したら満足して結局新たな感動はなかったというようなパターンに陥りがちなので。というか、単に旅の前にあれこれ周到に考えて準備するのが面倒だというだけなのかもしれませんが。

もとより人の多い場所は苦手なので、どの国や地域に行っても、観光地としておすすめされている場所より、なるべくフツーの暮らしがなされているフツーの街並みを歩きたいと思っています。こういう旅の仕方は、家族や友人など「連れ」がいると、自分の感覚だけ押しつけるわけにもいきませんから難しいですね。家族や友人と行く旅も、それはそれで楽しいのですが。

フィンランドについては、帰ってきてから一気に情報を入れました。情報を入れると「こんな面白い場所があったのか」「これを食べておけばよかった」的な気づきがたくさん訪れて悔しがる羽目に陥るのですが、それはそれでまた訪れてみたいという動機になるので、いいかなと思っています。

帰ってきてすぐ、群ようこ氏の『かもめ食堂』を読みました。あんた、これすら読んでなかったの? とツッコミがきそうですが。


かもめ食堂 (幻冬舎文庫)

続けて映画も。


かもめ食堂

しかしまあ、ん〜、なんというか……。映画の公開当時はかなり評判になったような記憶がありますし、ヘルシンキには実際に「かもめ食堂」ができて観光名所にもなっているそうですが、ごめんなさい、この小説も映画も、私にはあまり合わなかったみたいです。ただ映画に出てきた「コーヒーは自分で入れるより、人に入れてもらう方がおいしいんだ」という台詞には深くうなずきましたが。

あ、それから、これも映画にも出てきましたが、文庫本の表紙にもなっているかもめのイラスト、『かぼちゃを塩で煮る』の牧野伊三夫氏の作品だったんですね。

さらに、映画にも出演されていた片桐はいり氏のエッセイも読みました。


わたしのマトカ (幻冬舎文庫)

片桐氏と言えば、私にとっては若い頃よく見た劇団「ブリキの自発団」の「怪優」さんですが、当時の不思議で破天荒な雰囲気も彷彿とさせつつ氏独特の「ほんわか」した雰囲気も漂いつつの文体で、こちらはとても楽しく読みました。

映画の撮影中に通訳者を介したコミュニケーションをしている場面があって(p.61)「通訳者が直訳だけでなく解説を入れないと、フィンランドの男性の気分は中々分からない」とありました。なるほど。通訳者は一人称で訳す、つまり「この人の言っていることは……」などと訳さないのは鉄則ではありますが、そこはそれ、そうではない世界があってもよいのかも、と思いました。

中華系の方がやっている食品スーパーの話(p.68)も共感するところが多かったです。ヨーロッパをしばらく旅行していると、和食はあまり恋しくならないんですけど、なぜかラーメンや中華料理は食べたくなるんですよね。

フィンランドといえばムーミンノキアイッタラマリメッコ、アラビア、それに音楽家のジャン・シベリウスと「フィンランディア」、建築家のアルヴァ・アアルトくらいしか思い浮かばないので、ちょっと歴史のお勉強もしてみました。


物語 フィンランドの歴史 - 北欧先進国「バルト海の乙女」の800年 (中公新書)

交響詩フィンランディア」が帝政ロシアからの独立運動を背景にしていたことくらいしか知りませんでしたが、この国の、特にロシアとスウェーデンとの関係はここまで長く根深いものだったんですね。改めて地図を見ると、たしかにフィンランドは、ロシアと長い長い国境線で接しています。他の北欧諸国の言語とはかなり隔たっていると言われるフィンランド語にも興味がわきました。

というわけで、フィンランド語の業界(?)ではなかば古典的な一冊になっているらしいこの本も読んでみました。


フィンランド語は猫の言葉 (講談社文庫)

初版第一刷の発行は1981年。今から40年近くも前にヘルシンキ大学へ留学した稲垣美晴氏のエッセイです。この本によればフィンランド語は名詞の格が15もあるなど、なかなか複雑な言語らしい。その複雑な言語と日本語の間で煩悶する日々のあれこれは、語学学習者なら誰もが共感できることばかりです。

稲垣氏は藝大の彫刻専攻だったというのにも驚き、何だかご縁を感じました。さらに初版の出版社が今の私の職場(の一部門)で、これも勝手にご縁を感じています。稲垣氏はその後、主にフィンランドの児童文学を中心に、広くフィンランドの文化を日本に伝える会社を運営されているそうです。

猫の言葉社 | フィンランド文化を伝える出版社 - フィンランド文化を伝える出版社

こないだ能のお稽古に行ったら、師匠から「フィンランドといえば『シナッピ』ですね」と言われました。なんでも、マスタードの一種でいろいろなテイストがあり、とても美味しいそうです。お土産にもぴったりとか。知りませんでした〜。稲垣氏のエッセイに出てきた「世界一まずい飴」と呼ばれる「サルミアッキ」や、『かもめ食堂』にも登場したアルコール度数の高いお酒「コスケンコルヴァ」ともども、次回の旅行ではぜひ試してみたいと思います。今度はできれば夏に、田舎や北の地方にも行ってみたいですね。あとサウナにもぜひ入ってみたいです。

しまじまの旅 たびたびの旅 36 ……鼎邊糊と蠣餅

馬祖列島の南竿は小さな島ですが、それでも列島の中ではいちばん「栄えて」います。政府機関や公共施設や商店などが集中しているエリアは空港にもほど近い介壽路のあたり。地図だと平坦な感じがしますが、実はかなりの急坂を上り下りした先にあって、非力な電動バイクはかなり悲鳴を上げていました。

ここで食べてみたかったのが、ネットの口コミで多くの華人が推奨していた「鼎邊糊」と「蠣餅」です。

鼎邊糊

聞き慣れない名前ですが、基隆に「鼎邊銼」という食べ物がありますね。あれに似ているけど、もっと素朴で、魚介系が強くて、スープに少しとろみがあります。すごく味わい深い一品です。

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お店は地元の人にも観光客にも人気らしい「阿妹的店」。ネットの情報では「介壽獅子市場」の二階ということだったんですけど、行ってみるとその場所は工事中でした。これは残念だな〜と落胆していると、その先、海辺の湾沿いの道路に仮拵えのお店がずらっと並んでいました。こちらで臨時営業中だったんですね。

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市場の建て替えが済んだら、また元の場所に戻るのかもしれません。

蠣餅

「蠣」の字は、実際には「虫偏に弟」という見慣れない文字で書かれていましたが、こちらのページによるとどちらでもいいみたい。元々は福州の食べ物のようです。肉や野菜など豊富な具材を生地でまとめて揚げたもの。「かきあげ」に似ていますが、生地はもっとしっかりしていて揚げた調理パンのような雰囲気です。私が食べたものは肉や野菜の他に春雨が入っていて、生地には落花生が丸ごと練り込んでありました。

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「鼎邊糊」は上記のお店でしか食べられないようですが、「蠣餅」はいくつかの屋台で売られていました。

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それから、これもいくつかのお店で売られていたのが、「繼光餅」。明代の武将・戚繼光が陣中で食べやすいように作ったとかいう伝説からこの名前がついているそうですが、その形から「馬祖貝果(馬祖ベーグル)」とも呼ばれているそう。確かにこれはまんまベーグルですよね。お湯で茹でた雰囲気ではないけれど。

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馬祖ではこのベーグルを使ったハンバーガーなども売られているそうです。今回は食べられなかったんですけど、次に行った時にはぜひ試してみたいと思います。

仏壇をオーダーメイドしてみた

細君のお義父さんが亡くなって半年あまり。納骨を済ませた際に、先に他界していたお義母さんの位牌を連名(?)で一つにしました。加えて、実家にある巨大で装飾過多な仏壇は当然狭いうちのアパートには入らない&インテリアにそぐわないので、小さな仏壇を探すことに。どうせなら普通のアパートの部屋に似合う「モダン仏壇」にしようと思って、ネットを検索したり、細君と一緒にショールームに出かけたりしました。

例えば、こういったようなウェブサイトやお店です。

manaka-store.com

1-butsudan.com

でも、正直に申し上げてどれも「いまひとつ」だと感じました。まずサイズが大きすぎるのと、既にある家具と並べた時の違和感。デザインが中途半端にモダンで、どこかスピリチュアルなテイストがまぶさってて、どうにもかっこよくないのです。まあ、そも仏壇ですから無茶言っちゃいけないんですけど。それに何より、高額。成人式とか結婚式とか葬式とかと同じで「何と言っても一生に一度のことですから〜」的な営業トークのもと、かなり割高に設定されているように感じました。

そこで、自分で図面を引いて(といっても簡単な「ポンチ絵」を描いただけですが)、ネットでご近所の木工所や工房を探して、作ってもらうことにしました。今回お願いしたのは、若い方々が地元で頑張っているこちらのお店。

www.noteworks.jp

額縁もお得意とのことだったので、遺影を飾るフレームも一緒にお願いしました。素材や塗装など相談して、見積もりを取ってみたら、かなりお安く……というほどでもないけれど、既成のものよりはぐっと身近な価格になったので、発注。それから数ヶ月、何度かやり取りを経ながら完成したのがこちら。

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「図面を引いて」などと言うのが恥ずかしいくらいの単純な箱です。奥に一段高い部分を作って、ここに遺影を置こうと考えました。遺影も、お葬式で使ったのやアルバムで見つくろったスナップ写真の類はいずれも微妙にピンぼけしていて「いまひとつ」なので、いっそのことプロが撮影した結婚写真を飾ることにしました。これは細君のアイデアです。昭和三十年代に九段会館で撮影されたらしい「正統派」の結婚写真、なかなかかっこいいです。で、最終的にこうなりました。

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こういう感じで、本棚の中にさりげなく溶け込むようにしたかったのです。うんうん、イメージ通りになりました。とりあえず遺影と位牌を置いて、お花とお水とお茶を供え、お灯明にはイッタラのkiviにLEDキャンドルを仕込んで置いてみました。たまたま買ってきた和菓子のパックをそのまま置いちゃってますが、こうなったら、こういうお供え物の器とか「おりん」なんかも全部シンプルな北欧シリーズで揃えてみますかね。

作ってくださった若い職人さんにもメールでこの写真を送りました。「大事な物を制作させて頂きありがとうございました」と、ていねいなお返事をいただきました。

しまじまの旅 たびたびの旅 35 ……北海坑道と大漢據點

馬祖列島は台湾と中国が対峙する最前線にあるので、かつてはかなりの軍事施設が建設され、運用されていました。そのうちのいくつかは現在では使われなくなっており、観光地として一般に公開されています。

北海坑道

小型の軍事用船舶を停泊させておく軍事拠点として、1968年から数年の歳月を経て作られた人工の洞窟です。ほぼ人力で、海に接する崖下の岩盤を「井」の形にくりぬいてあり、工事に際しては多くの犠牲者も出したそうです。

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これだけの坑道をほぼ人力で掘っちゃうのもすごいですけど、その執念の裏に、中国大陸に肉薄しているこの場所で感じたであろう当時の緊張や恐怖や敵愾心みたいなものが伝わってくるような気がしました。いまは中国からの観光客でにぎわっている島ですけど。

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中は小舟に乗って見学できるようになっていて、ガイドのお兄さんがいろいろと説明してくれました。洞窟を井形にしたのは、内部で船舶が曲がったり順序を入れ替えたりする時に便利だからだそう。そのほか岩盤の地質などについてもプレート理論まで紹介しながら細かく解説がありました。地質ファンは喜びそうです。


大漢據點

北海坑道のすぐそばにある軍事拠点です。こちらも岩盤を掘って長い長い坑道が続いており、その先にはトーチカがあって、沖の戦艦や航空機を狙うための大砲や高射砲が設置されていました。

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トーチカの壁に描かれている標語が興味深かったです。「看不到不打,喵不到不打,打不到不打」、つまり「見えないなら撃つな、照準が合わないなら撃つな、仕留められないなら撃つな」。無駄な弾を撃って物資を浪費するなという戒めの他に、無用な争いを極力避けたいという思惑も伝わってきます。孫子の言う「不戦而屈人之兵、善之善者也(戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり)」ということですかね。

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「中山室」という、たぶん司令室だったとおぼしき部屋も残っていたのですが、奥の蒋介石さんの写真と青天白日旗は落っこちちゃってます。

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見学し終えて出てきたら、拠点の入口で写生をしている若い台湾人青年がいました。話しかけてみたら、美術を学んでいる学生さんだって。この辺で日本人観光客はあまり見かけないですねと彼が言うので、「日本に行ったことありますか?」と聞いたら、「ありますよ。東京にも行きました」。

「東京ではどこが楽しかったですか?」
世界堂!」
「は?」
「画材がたくさんあって……」
「ああ、新宿の世界堂ですか! あそこは絵を描く人にとっては楽しい場所ですよねえ」

……と盛り上がりました。

救命講習を受けることにしました

先日、大相撲舞鶴場所で、土俵上で倒れた市長さんに救急救命をした女性に対し「土俵から降りてください」とアナウンスがなされたというニュースがありました。

togetter.com

私自身は、伝統より人命優先だと思うし、女人禁制という大相撲の伝統もその根拠や歴史性は怪しくかつ時代錯誤だと思うし、とっさにそういうアナウンスをしてしまう(させてしまった)日本相撲協会に通底している思想というか空気には大きな違和感を覚えます。

この件に関してはSNS上でもかなり「炎上」していたのですが、救急救命の観点からなされていた、こちらの連続ツイートが心に残りました。


なるほど、YouTubeでもその瞬間の映像を見ましたが、くだんの女性は迷うことなく土俵に上がると即座に心臓マッサージを始めていました。日頃から訓練を行い、何かあった時にはすぐに行動に起こすという意識を持ち続けていなければできない反応だと思いました。

私も、多数の人が集まる学校で働いています。教務室の前にはAEDが設置してありますが、使ったことは一度もありません。でもいつか私の目の前でも同じようなことが起こるかもしれないですよね。実は昨年、学校の合宿で長野県に行った際、留学生のひとりが急性アルコール中毒で倒れました。私はとっさに救急車を呼び、病院まで付き添いましたが、病院の先生からは厳しい言葉をいただきました。あんた、引率の教師として何をしてたの? と。

既に大人である留学生の失態と、突然の疾患や発症は一緒ではありませんが、万一に備えておくことは大切だなと改めて思いました。というわけで、消防署などが開催している「救命講習」を検索してみました。東京消防庁の救命講習についてはこちらに案内があります。

東京消防庁<安全・安心情報><救急アドバイス><救命講習のご案内>

東京防災救急協会のウェブサイトからは講座を検索でき、申し込みまで行えて便利です。

www.tokyo-bousai.or.jp

とりあえず、いちばん基本の「普通救命講習(自動体外式除細動器AEDの講習つき)」を選んで申し込みました。心肺蘇生やAEDの操作方法、異物除去、止血法などを学ぶコースです。今回の件をきっかけに、多くの人が受講するといいなと思います。

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しまじまの旅 たびたびの旅 34 ……馬祖列島へ

台北松山空港からプロペラ機で50分ほど、馬祖列島の南竿です。台湾の本島からは200kmほど離れていますが、中国大陸は目と鼻の先。台湾が実効統治しているので、かつては軍事的に非常に緊張した場所でした(いまでもある意味そうですが)が、現在は中国からの観光客も多く訪れる場所になっています。

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それにしても、地図で見ると本当に中国大陸のそばです。それでも、ほんの海峡程度でも、間に海があるというのは見た目以上に大きな壁というか防御になるんですね。考えてみれば日本列島がまさにそれに支えられた歴史を歩んできたわけで。

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離島の、それも人気のない場所をぶらぶらするのが好きなので、空港で電動バイクを借りました。予備の電池がシートの下に入っていて、電池を交換したら、使い終わった電池は島内にいくつかある窓口で新しいものと交換するというシステムです。

oogo.com.tw

電動バイク、音も静かで快適ですが、いささか非力です。特に島の道路は険しい海岸に沿ってアップダウンが激しく、上り坂ではかなり息切れして速度が落ちます。それでもまあ特に急ぐわけでもありませんし、ゆっくりお宿に向かいました。

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泊まったのはこちら。一見して分かるように、かつては軍事基地だった場所を改装してバックパッカー向けのホテルにしたもののようです。外観は「大丈夫かしら」的な雰囲気ですが、中はとてもおしゃれな空間でした。若い方々が共同で運営しているみたいで、ロビーでは旺福のアルバム『阿爸我要當歌星』が無印良品の壁掛けCDプレーヤーでかかっていました。

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WONFU 旺福 | The Official WONFU Site

バイクで島内をくまなく走り回りましたが、さすが緊張の歴史が背景にある島のこと、あちこちでスローガンや標語が見られ、とくに孫文さんの「三民主義」推しが目立ちます。外蒙古を含めた中華民国の版図を主張している地図も、今となっては懐かしい感じがします。外蒙古 ≠ 現在のモンゴル国ですけど、モンゴルの方が見たら「微妙……」でしょうね。

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「光復大陸」。大陸を取り戻すぞ、解放するぞ、と。

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こちらも、かつての軍事拠点だったよし。いまは展望デッキになっています。

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フェリー乗り場(北竿など他の馬祖列島行きや、中国大陸との「小三通」が行われる船が発着しています)近くの高台には蒋介石さんの銅像が立っていました。見つめる先はもちろん中国大陸ですね。いつか、あそこへ帰るぞと。

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その後ろの山には「枕戈待旦」の巨大な文字が。戈(ほこ)を枕に夜明けを待つ、つまり常に戦いへの準備を怠るなという意味です。

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その名もズバリ「馬祖」という港に、海の守り神である媽祖神の巨大な像が立っています。

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媽祖 - Wikipedia

そばには軍隊の揚陸艇が。

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台湾の離島は、夕焼けがきれいだよ〜と知人に言われていたのですが、その通り、素晴らしい夕日を眺めることができました。

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