馬祖列島は台湾と中国が対峙する最前線にあるので、かつてはかなりの軍事施設が建設され、運用されていました。そのうちのいくつかは現在では使われなくなっており、観光地として一般に公開されています。
北海坑道
小型の軍事用船舶を停泊させておく軍事拠点として、1968年から数年の歳月を経て作られた人工の洞窟です。ほぼ人力で、海に接する崖下の岩盤を「井」の形にくりぬいてあり、工事に際しては多くの犠牲者も出したそうです。
これだけの坑道をほぼ人力で掘っちゃうのもすごいですけど、その執念の裏に、中国大陸に肉薄しているこの場所で感じたであろう当時の緊張や恐怖や敵愾心みたいなものが伝わってくるような気がしました。いまは中国からの観光客でにぎわっている島ですけど。
中は小舟に乗って見学できるようになっていて、ガイドのお兄さんがいろいろと説明してくれました。洞窟を井形にしたのは、内部で船舶が曲がったり順序を入れ替えたりする時に便利だからだそう。そのほか岩盤の地質などについてもプレート理論まで紹介しながら細かく解説がありました。地質ファンは喜びそうです。
大漢據點
北海坑道のすぐそばにある軍事拠点です。こちらも岩盤を掘って長い長い坑道が続いており、その先にはトーチカがあって、沖の戦艦や航空機を狙うための大砲や高射砲が設置されていました。
トーチカの壁に描かれている標語が興味深かったです。「看不到不打,喵不到不打,打不到不打」、つまり「見えないなら撃つな、照準が合わないなら撃つな、仕留められないなら撃つな」。無駄な弾を撃って物資を浪費するなという戒めの他に、無用な争いを極力避けたいという思惑も伝わってきます。孫子の言う「不戦而屈人之兵、善之善者也(戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり)」ということですかね。
「中山室」という、たぶん司令室だったとおぼしき部屋も残っていたのですが、奥の蒋介石さんの写真と青天白日旗は落っこちちゃってます。
見学し終えて出てきたら、拠点の入口で写生をしている若い台湾人青年がいました。話しかけてみたら、美術を学んでいる学生さんだって。この辺で日本人観光客はあまり見かけないですねと彼が言うので、「日本に行ったことありますか?」と聞いたら、「ありますよ。東京にも行きました」。
「東京ではどこが楽しかったですか?」
「世界堂!」
「は?」
「画材がたくさんあって……」
「ああ、新宿の世界堂ですか! あそこは絵を描く人にとっては楽しい場所ですよねえ」
……と盛り上がりました。