インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

あとから振り返ることでしか理解できない

ジムのパーソナルトレーニングで、ベンチプレスのバーを強く握らないようアドバイスされました。強く握ると、手首周りにばかり力が入って身体全体で押せなくなるのだそうです。バーは手のひらで支えるだけ、くらいの意識でやってくださいと。

ラットプルダウンでもバーに指を引っ掛けておいて引くだけ、最後にぐっと握って胸を突き出す感じにするとより力が入るし、訓練としても効果的だと言われました。動いているときは軽くにぎり、最後だけ力を込めるというのは、いま練習している薙刀の扱い方にも共通していて興味深いと思いました。

ですが、より興味深いと思ったのは、これまでトレーナーさんにそういう指摘をされたことはなく、いまこの段階になって初めてそういう指摘をされるようになったという点です。

f:id:QianChong:20210915101745p:plain
https://www.irasutoya.com/2014/07/blog-post_3319.html

ベンチプレスはここのところ75kgが上がったり上がらなかったりで停滞しています。最初の頃はとにかく腕や胸の力で押すことしかできませんでしたが、続けているうちにお腹を使えるようになり、背中を使えるようになり、お尻を、脚を……と全身を使って押せるようになってきました。

要するに全身を効果的に連動させないと、ある程度以上のウェイトは上がらない……とまあ文字にすればとてもシンプルなのですが、なかなかに奥が深いものなのです。そしていま、バーを強く握らないという要素が加わった。でも最初からそれらすべてのポイント(腕や胸だけでなく、お腹を、背中を、お尻を、脚を、手のひらを……などなど)を告げられたとしてもたぶん理解も実行もできなかったはずです。

課題を見つけ(というかトレーナーさんに指摘され)、それを克服すると次なる課題が立ち上がるのを繰り返すということ、そしてそれは最初から網羅的に理解できるものではなく、訓練を積み重ねたあとから振り返ることでしか理解できない性質のものだということ。これは筋トレに限らず、語学でも楽器演奏でもあらゆる身体技術の習得に共通する道筋なのでしょう。

その意味では、手っ取り早く最重要のポイントだけ教わるという「戦略」が、実はあまり奏功しないとも言えるかもしれません。どんな身体技術も、最初は無益とも思えそうな基礎的な動きばかり繰り返して練習させられるもので、それを旧態依然とした権威主義、あるいは非科学的な盲信だと切って捨てる向きはけっこういます。でもそこにはある程度繰り返して身体を慣らさないと分かってこない何かがあるようなのです。

そしてまた「達人」の方々がおっしゃる「極意」のようなものも、こうした過程を経て極意に達した方にとっては真理であっても、初学者には理解できないばかりでなく害でさえあるかもしれません。結局は、ひとりひとりが自ら何度も試みるなかで、ひとりひとり異なる過程を経て上達していくしかないんでしょう。筋トレや語学を人と比べることに何の意味もない理由はここにもあります。

優れたトレーナーというのは、そうしたひとりひとり異なる過程があるということを理解していて、学ぶ人を観察しながらその時々で一番必要だと思われるアドバイスを的確に言語化して伝えることができる人なのでしょう。……自分も教える仕事をしていますが、そこまでできているかと問われると、かなり心許ないです。