インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

言語化が難しい「身体の使い方」

ジムでトレーナーさんと一緒に筋トレをしていると、トレーナーさんがあれこれの言葉を駆使してトレーニングのポイントを教えてくれます。その説明の仕方がトレーナーさんによっていろいろと異なっている(当たり前ですが)のがとても興味深いと思いました。

例えばベンチプレス。私はいまのところ60kgのバーベルを12回✗3セット挙げられるようになるのを目標にしているのですが、なかなか達成できません。ちょっとした壁に突き当たっているところです。トレーナーさんによれば、この段階になると単に胸や腕の筋肉の力だけで挙げるのは難しく、お腹や両脚など下半身も使って挙げる、つまり全身の使い方がポイントになるとのことです。私の場合はその全身の使い方がまだまだ洗練されていないというわけですね。

あるトレーナーさんは、バーベルを下げた時の肩甲骨の動きについて注意を促します。またあるトレーナーさんはバーベルを下げきったときの反動を利用するように指導してくれます。また違うトレーナーさんは上半身の筋肉をバーベルを持ち上げる方向で力を出すよう意識すると同時に腹筋は逆にベンチ台に押し下げるような意識を持つように言います。それぞれ、私の身体の使い方に欠けている部分を補おうとしてくださっているのです。

先日は、普段は床につけている両足をベンチ台に上げて、バーベルを持ち上げる際にお腹も同時に浮き上がらせるように指示されました。つまりベンチ台に肩と両足だけがついている状態にして、お腹をぐっと持ち上げつつバーベルも挙げるのです。そんなことできるのかな、背中全体がベンチ台についていなかったら余計に挙げにくくなるんじゃないかなと思ったのですが、やってみると普段よりも力が出せることに気づきました。こうやって腹筋をぐっと締め、足で踏ん張る力をすべて胸筋に伝えて、より重いバーベルを挙げられるようにするというわけです。そうやって下半身を効果的に使う感覚を学んだ上でベンチプレスに取り組みなさいと。

私は毎回トレーニングに行くたびに、こうやってトレーナーさんが「あの手この手」の言葉を駆使して、表現することが難しい身体感覚をなんとか言語化しようとされる姿にある種の感動を覚えます。世の中には精神論ばかりぶって「バーっとやれ」とか「チャチャッと、こうだ」みたいな言語化をなかば放棄したような指導も多いですが、きちんと考えている人は言語化にこうやって腐心するものなんですね。

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https://www.irasutoya.com/2018/10/blog-post_87.html

そう言えばお能の世界も同じです。お師匠も毎回のお稽古で、言葉にするのはなかなか難しいのだけれど、またすべて言葉にできるものでもないのだけれどと言いつつも、いろいろな角度からこちらの身体の使い方の、いたらない点を指摘してくださいます。お能にせよ、筋トレにせよ、学ぶこちらとしてはそうやって言語化されたものの中から、できるだけその言語の奥にあるものを想像して自らのものにしていく傾聴の姿勢が必要ということになるのでしょう。

いやいや、毎回申し上げていますが、まことに奥深いものがありますな。