インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

留学生の「インタープリターズ・ハイ」

先日、勤めている学校のひとつで留学生クラスの通訳実習を行いました。外部から様々なご専門の講師をお招きして講演を行っていただき、それを通訳するというものです。単に講演当日に通訳するだけではなく、「自分が実際にこの仕事をうけたらどんな準備をするか」というところまで含めて課題にしています。というわけで、今回も講演会の数週間前から、講師の先生に講演用のPowerPoint資料をご提供いただき、それを元にグロッサリー(用語集)を作成し、リハーサルなども入念に行って「本番」に臨みました。

今回の講師は、アフガニスタンを中心に国際援助のお仕事を長年行ってこられた日本の方です。訳出形式は逐次通訳、訳出方向は「日本語→英語・中国語」。ただし学生が多いので、順番に通訳しているとなかなか出番が回ってこず、実習になりません。というわけで、今回は12チャンネルのパナガイドを用いました。

パナガイドは発信器と受信機がセットになったシンプルな通信機で、簡易的な同時通訳やウィスパリング通訳などでよく使われています。12チャンネルあるので、英語クラスと中国語クラスをそれぞれ六つの班に分け、同時並行的に訳出を行い、一定時間ごとに交代していくことにしました。こうすれば二時間半ほどの講演時間でかなりの回数「出番」が回ってきます。

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聴衆は下級生の留学生と教職員です。聴衆はパナガイドの受信機で、自由にチャンネルを変えながらそれぞれの訳出を聞き比べることができます。実習とはいえ聴衆がいるので(しかもそのほとんどの人が英語や中国語を解するので)通訳者役の留学生も気が抜けません。

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普段の授業ではお互い見知った間柄ですし、通訳訓練と言ってもやや緊張感に欠けるのですが、この実習は講師の先生もいらっしゃるし、聴衆も厳しく訳出を吟味するので、学生もより真剣になります。しかも今回は中央アジアの地名や人名が頻出し、国際政治や政府間協力に関する専門的な語彙も多いので、みなさん事前学習にかなり力を入れていました。留学生にとっては日本語の外来語(カタカナ語)がかなりの「鬼門」です。日本語特有の「母音ベタ押し」で発音されるため、仮にその単語を知っていてもとっさに反応できないことが多々あるのです。

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それでも留学生諸君はとても頑張って通訳していました。毎年思うんですけど、みなさん本番に強いというか、いや、本番にならないと本気を出さないと言うべきか、普段の授業からは想像もつかないほど達意の訳出をしている人が何人もいました。やはり訓練にはこういうリアリティも必要ですね。本当は普段の授業も毎回こうありたいものですが、予算的に毎回講師をお招きするわけにもいかず……。

講演会の最後には「質疑応答」の時間も設けました。今回の講師の先生は英語もロシア語も達者な方ですが、日本語以外一切分からないという設定でご登壇いただき、会場から英語や中国語で質問を出します(われわれ教師が担当します)。その英語や中国語を日本語に訳して講師の先生に伝え、講師の先生の日本語による答えをまた英語や中国語に訳し返すところまで行います。

私も中国語で、アフガニスタンがらみで昨年銃撃に遭って亡くなられた中村哲医師に関する質問をしました。わざと(?)フォーマルな表現を使って、ちょっと高尚で難しい質問を出します。でも留学生のみなさんは慌てず騒がずかなり上手に訳していて、講師の先生からも的確なお答えが返ってきました。

質疑応答の時間というのは、通訳業務の中で最も緊張する瞬間です。講演に関するないようとはいえ、事前に予習することが難しいからです。また(特に日本の講演会の場合)ときに「とんちんかん」な質問をするオジサンとか、質問ではなく自分の意見や感想ばかり滔々と述べ立てるオバサンとかが多くて、通訳者と後援者と主催者が大いに困惑することも多い。

でも不思議なことに、そういう一種の「修羅場」でこそ、なぜかいい訳出ができたりするんですよね。人間、追い詰められると逆にアドレナリンかなんかが大量に分泌されて普段以上のパフォーマンスが発揮されるのかもしれません。長時間の通訳をしていると、ときに「インタープリターズ・ハイ」とでも言うべき、一種の高揚状態に陥ることがあります。なんだかいくらでも訳出できるような全能感に包まれることがあるのです(長くは続きませんが)。留学生のみなさんも、そんな「ハイ」を味わってくれていたら嬉しいなと思います。みなさん、お疲れ様でした。