ユバスキュラからさらに西へ向かってクオピオ(Kuopio)を目指す途中で、幹線道路から山(といってもフィンランドは高い山がほとんどないので丘といったところですが)の中の舗装もされていない道に分け入り、小さな小さなボート乗り場のような場所にやってきました。ここはネットで見つけてあらかじめメールで予約をしておいた「カヤックツアー」が出発する場所なのですが……。
でもきっちり時間通りにガイドさんとおぼしき男性が登場しました。あれ、他のお客さんは? ……と思ったら、なんと私ひとりだけなのでした。私ひとりのためだけにわざわざ来てくださったんですね。「英語はあまり得意じゃないんだけど」とおっしゃるガイドさんは私と同じくらいの年齢(後で聞いたらひとつ年上でした)で、この辺りの自然の中で遊ぶ様々なレクリエーションのガイドをしているのだそうです。
「カヤックに乗ったことは?」と聞かれたので「簡単なシーカヤックなら……」と答えたら、「じゃあ行きましょう」と特に練習もすることなくいきなり湖へ。今回のカヤックは、以前海で乗った簡単な構造のものとは違って、腰回りとカヤック自体をぴったりカバーして水が入らないようにする、細長い流線型の本格的なものでした。まっすぐ進むときのためにレバーで操作するラダーまで付いています。
乗り込んで私が「Minä olen kajakilla.(カヤックに乗っています)」と言ったら「kayakissa」だと直されました。なるほど、私は船の上に乗っているので「kajakilla(カヤックの上に/で)」だと思ったのですが、カヤックは半身が船の中に入っていますから「kajakissa(カヤックの中に/で)」としなければならないんですね。
以前シーカヤックでは盛大にひっくり返ったことがあったのでかなり心配だったのですが、湖水に漕ぎ出してみるとその心配はいっぺんに吹き飛びました。まずは流線型が「鋭い(?)」ので、わずかなパドル操作で面白いくらいすいすい進むのです。しかしなんといっても感動したのは、フィンランドの森に囲まれた湖の、そのあまりの美しさと、そしてあり得ないくらいの静寂です。もう静寂の度合いがものすごくて、言語化するのも困難なのですが、耳がつーんと痛くなるくらいに静かなのです。
そして水の透明度がものすごい。「この水は飲めるんですか」と聞いたら「もちろん」とのお答え。バカなことを聞きました。湖畔に近い浅いところには、自然の倒木が積み重なっているのが見えます。また湖畔に近い場所の倒木が不自然に折り重なっていたり、鉛筆を削ったような形で樹の根元だけが残っていたりするものがあって、ガイドさんが「誰の仕業だと思う?」と聞くので「ビーバー?」と答えたら「その通り!」と。滅多に姿を見せないのだそうですが、ガイドさんはつい最近実際に見かけたと言っていました。
そのまま二人で、クリークのような場所を通り抜けたり、笑う男性の顔のように見える岩を見たりしながら、途中小さな無人島に上陸して、そこでコーヒータイムになりました。といってもガイドさんは「最近夕方にコーヒーを飲むと寝付けなくて」と飲まなかったんですけど、私のためにキャンプ用のコンロでお湯を沸かし、コーヒーを入れてくれました。ほかにもフィンランドで定番の丸くて薄い黒パンに、サーモン、チーズ(「leipayuusto」という、カッテージチーズを固めて薄くして焼き目をつけたもの)、レタス、バター。それとカレリアパイに黄色いベリーのジャム。素晴らしい食事でした。
そうこうしているうちに日がようやく傾いてきて、帰途についたのですが、ここからが圧巻でした。さっきまでと違って風が一切やんでしまい、湖面がまるで鏡のようになっているのです。夕刻で森林は黒々としており、それが映った湖面も黒々としています。一切の音もやんでさっきよりも静寂の度合いが増したような。私は「宇宙に浮いているみたい」だと思って、ガイドさんにもそう言ったんですけど、彼は「そう?」とあまり同意してくれませんでした。ま、私の英語が拙かったのですね。きっとそうです。
ガイドさんはお子さんが四人いるけど、みんな大人になって独立しちゃったから、いまはこういうガイド業を悠々自適(?)でやっているのだそうです。「日本人のお客さんも多いですか?」と聞いたら「アンタが初めて。中国人の団体客が一度来たことがある」。最近になって英語のウェブサイトを作ったそうで、TripAdviserに載ったから、よかったらコメントを書いてと言われました。
都会の観光地からはかなり離れていて、公共交通機関などまったくない国立公園の中なので、レンタカーなど車が必須ですが、本当に行く価値のあるツアーでした。もうちょっと私が英語かフィンランドが話せたらよかったんですけど、あまり会話が続かなくてガイドさんも困ったでしょうね(なにせ今回の客は私ひとりですから)。でもその分、あり得ないくらいの静寂を味わうことができました。貴重な体験でした。