インタプリタかなくぎ流

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フィンランド 虚像の森

以前、フィンランドの森の中をひとりでハイキングしたことがあります。観光客向けに整備された木道や山道を歩くだけの、いたって気楽なハイキングでしたが、人の少なさもあいまって、その圧倒的な森林の魅力を楽しみました。

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森と湖が織りなすこういう風景こそフィンランドだなあ……と、それからも折に触れて思い出すくらい印象深いハイキングだったので、この本を見つけたときにはかなり驚きました。なにせ書名が『フィンランド 虚像の森』で、帯の惹句には「森と湖の国の暗翳(あんえい)を暴く!」「絶望の林業の始まりは、ロシアとの冬戦争だった……」とあるのですから。


フィンランド 虚像の森

さっそく買って読んでみました。果たしてこの本は、そんな観光客の気楽な旅情とはうらはらに、森林大国として知られるかの国が抱える、産業の構造的な問題や持続可能性への疑問などが様々な角度から検証されていました。

その多くはかなり林業の専門的な内容に立ち入っているので、素人の私にはかなり難しい記述もありました。ただそれでも、傍目には豊かな生態系に見えるフィンランドの森が、実は産業上の理由から伐採や植林を繰り返した末に、わずか5%しか原生林が残されていないことなど、かなり問題を抱えているということだけはわかりました。このあたり、同じような森林大国である日本(国土面積と森林率がほぼ同じなんだそうです)にも共通する課題があるのだろうなと思います。

またこの本には「皆伐(かいばつ)」という言葉が繰り返し登場します。これは広い範囲の森をすべて伐採してしまうことで、森林の生態系に大きな影響を与え、土壌流出など土地全体の危機にもつながるそうです。フィンランドではこれが大きな問題になっているということも知りました。素人考えですけれど、日本と違って国土の起伏に乏しい(高山が存在せず、最高地点でも1300メートルあまり)フィンランドでは、よりこうした大規模な森林破壊が「やりやすい」のかなと想像しました。

また個人的には、中国で急増しているネットショッピング用段ボール箱の大量需要が、フィランドの森林から生産されるパルプとつながっていて、かの地に中国資本が進出しているという話が興味深かったです。なるほど、これは確かにちょっと気分が暗くなります。

しかし……それらの点を踏まえても、上述した書名と帯の惹句は、少々煽り過ぎではないかと私は思いました。この本には確かにフィンランドの森林、フィンランド林業が抱える問題が数多く指摘され告発もされていますが、同時に将来に向けての提案や様々な取り組みも紹介されているからです。

この本の原題は《Metsä meidän jälkeenmme》(私たちの後の森)です。そこからは、この豊かな森林を、いかに次の世代へ、未来へつないでいくべきかという問いかけが感じられます。決して告発や暴露一辺倒の本ではないのです。事は急を要するのだという危機感から、また「ほんわか」した森と湖(とムーミン?)の国というイメージとは違うフィンランドを伝えたいという意図はわからなくもないですが、「虚像」「暗翳」「暴く!」「絶望」といった単語の多用はいかがなものか、と思いました。

それともうひとつ、この本はとてもスタイリッシュな装幀で見開きいっぱいの写真も多く、読み応えがあるのですが、造本に難があると思いました。写真が裏抜けしないようにということなのでしょう、厚手の紙が使われているのですが、450ページ以上を無線綴じしているために、のど(本文を開いたときの、本の中側のこと)がかなり固くて開きにくいのです。

これでは迫力ある美しい見開き写真や、冒頭に添えられている地図などがかなり見づらいですし、とにかく手が疲れます。せっかくの素敵なブックデザインなのに、もったいないなと思います。