仕事先の学校で、学生さんの就職難に関して「最近の学生はちょっと極端なくらい『ブラック企業』を怖がる」というお話を聞きました。ようは、社会に出ればそれなりに理不尽なこともあるだろうし、多少は無理をする局面もあるだろうに、最初からそれらを一切拒否しているから、できる就職もできない……概略そんなお話でした。
なるほど、たしかに就職は人生の一大事ではありますから、失敗したくない、ことに学校を卒業して初めて就職するその初手からつまづきたくないというお気持ちはよくわかります。
それに私みたいな中高年の人間が、そういうお若い方に対して「ちっとは我慢して頑張ってみろ」みたいなことを言うと、とたんに古くさい「昭和のオジサン」的な価値観だと認定されてしまいます。私だって大学を卒業したのは昭和という時代が終わってからですし、就職したのはバブルがはじけてからですから、なんでもかんでも「昭和的価値観」の人間としてくくられちゃうのは理不尽ですけど。
もちろん世の中には、いわゆる「ブラック企業」的な社風、ないしは働き方をさせるところはたくさんあります。それは私自身もまさにそういう会社で働いた経験があるのでよく分かります。ただ、私にとってはそういうブラックな環境で働いたことも、なにがしかの人生の糧になっているような気はしています。
もとより、ここはブラック企業、ここはホワイト企業というようにスパンとキレイに二分されるものじゃないですよね。どんな会社にも多かれ少なかれブラックなところはある。企業が基本的には利益追求・利益拡大を志向するものである以上、それは避けられないのかもしれません。
だから企業の「ブラック度合い」はおそらくグラデーションのようになっていて、正真正銘の“黒社会”みたいなところもあれば、自身の仕事のスキルが未成熟であるがゆえにある種の働きづらさを感じ、それが「ブラック」と称されてしまうようなところもあるんじゃないかと思います。
前者のような企業はもちろん避けるべきだとはしても、社会に出て、それまでとは異なる環境に飛び込む(労働して報酬を得る)以上、そこで何らかの我慢や忍耐や努力をせざるを得ないことを、もう少し肯定的に捉えてもいいのではないか、そんなことを感じました。
https://www.irasutoya.com/2019/10/blog-post_59.html
数十年前の自分の経験がいま現在も参照するに足る可能性は少ないだろうという留保つきですが、私はこれまでに何度も転職や失業を繰り返してきていて、ひとつの企業にせいぜい数年(二年から五年くらい)しかいることはできませんでした。そうした企業で一緒に働いていた人で、いまでも連絡を取り合えるような関係にある方は皆無ということからも、どれだけ挫折してきたのかということが分かろうというものです。
ただそれでも、転職や再就職に際しては必ずと言っていいほど、人との「ご縁」が介在していました。そうしたご縁を取り結んでくださった方々とさえ今では疎遠になっているというのが私の不徳の致すところですが、それはさておき、そうしたご縁に呼ばれたのはひとえに、多少のブラックな環境でも自分なりに懸命に仕事をしていたからだと思います。
以前にも書いたことがありますが、多少のブラックな環境にある企業には、往々にしてふて腐れている社員がいるものです。そして、そういう方はいきおい「腰掛け」的な仕事の仕方になるんですね。そうやって「オレの居場所はここじゃない」とか「いまはまだ本気出してないだけ」的な雰囲気をまとうようになると、職場を通じた人間関係があまり広がっていきません。
いっぽうで、本音では「オレの居場所はここじゃない」と思い「いつか転職してやる」と思っていたとしても、在職している間はとりえあず一所懸命に仕事に身を投じていると、会社内外に自分では思いも寄らない人間関係が広がっていき、そうした人間関係がいざ転職するときに思いもかけぬ効果をもたらすことがあるのです。
「あの会社辞めるんだって? じゃあウチへ来なよ」みたいな分かりやすいものでなくても、何かしら手を差し伸べてくれる人が現れる。これが「ご縁」でなくて何でしょう。英語の“Calling”は「天職」と訳されるそうですけど、仕事は自分で主体的に選んだように見えて、あとから考えればすべて外から与えられるようにして自分のところにやってきたものだった……そんな側面があるように思います。まさに何者かに“Calling”、コールされるように。
https://www.irasutoya.com/2016/06/blog-post_538.html
私も現在の職場で、日本での就活に四苦八苦している留学生のみなさんと日々相対しています。留学生のみなさんはビザや在留資格の関係もあって、日本の学生さん以上に就活が死活問題であり、かつその困難の度合いも大きく、ゆえに「ブラック企業を怖がる」度合いも日本の学生さんの比ではありません。
それで「できる就職もできない」状態に陥ってしまう方もままいるのですが、私はちょっと無責任かしらと忸怩たる思いを抱えながらも「まずは日本の企業社会に飛び込んでみたら」と励まし続けています。若いんだから、いくらでもやり直せるじゃないですかって。それに、やり始めてみなければ、ご縁も生まれてこないのですから。