インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

現代経済学の直観的方法

先日、某所で、中国語と日本語の単語に関する授業を担当しました。その中で日本語に多く見られる一連の外来語(カタカナ語)を取り上げました。特に中国語母語話者のみなさんにとって、この節操がないと言ってもいいほど頻出するカタカナ語は「鬼門」のひとつです。

ひとつには、中国語母語話者のみなさんが、カタカナ語の長音や促音や撥音、あるいは清音と濁音の区別に意外に苦労なさっているという点があります。「コピー」を「コビー」や「コッピ」などと書く留学生はけっこう多いですし、そこまでではなくても「コンセンサス」だの「ロジスティクス」だの「サスティナビリティ」だの日本語でも言えそうなところをカタカナ語で攻めてくる方は多いです。

さらにはそれらの発音を、英語もお得意な中国語母語話者のみなさんが「英語っぽく」発音しても多くの日本語母語話者が分かってくれないという問題もあります。“default”を「ディフォァッ」みたいに言っても「は?」などと返されたりして。母音ベタ押しで「デフォルト」と言わねばならないというの、枝葉末節の問題ではありますが、けっこうなストレスみたいです。

ところで、この授業では「インフレーション」と「デフレーション」と「スタグフレーション」も使いました。中国語ではそれぞれ“通貨膨脹”、“通貨緊縮”、“停滯性通貨膨脹(滞脹)”などと言って、日本語から中国語へ、また中国語から日本語ですばやく変換してみましょう、みたいなことを練習したのですが……。

でもそれって何?

いやつまり、言葉の変換はできたとして、じゃあインフレーションって、デフレーションって、いったいどういうことなのかと問われたら、あまり自信を持って説明できません。そりゃまあインフレーションは物価が上がって通貨の価値が下がること、つまり同じものを買うのにより多くのお金を使わなきゃいけなくなることでしたよね……くらいのうす〜い知識はありますけど、中国語の“通貨膨張”だってお金が膨張するんだからよりたくさんお菓子が買えそうじゃん、変なの……みたいな、小学生並みの知識で(小学生のみなさん、ごめんなさい)。

そんなおバカな私にとって、先日読んだ長沼伸一郎氏の『現代経済学の直観的方法』はとても勉強になる一冊でした。インフレやデフレのメカニズムはもちろんですが、個人的には貨幣の話と、そこに続く「ドルはなぜ国際経済に君臨したのか」という話が非常に面白かったです。

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現代経済学の直観的方法

特にドルが基軸通貨になった背景には核兵器を頂点とする軍事力の存在が大きく関わっており、なおかつ現代ではネットの発達がその核兵器の(通貨における)有効性を狭めていて、それがゆえに仮想通貨(暗号資産)にこれだけ関心が集まっているのだという話にはとても興奮しました。

しかもその仮想通貨とブロックチェーンの技術について書かれた一章の説明は非常に分かりやすいものでした。ビットコインなどブロックチェーンの技術を用いた仮想通貨がなぜ不正な取引を防ぐことができるのか、なぜ発行数の上限が設定できるのか、マイニングと呼ばれるブロックチェーンにブロックを追加する作業に狂奔するのはなぜなのか……この章だけでこれらの基本的な知識をそれこそ「直観」的に理解することができます。

帯の惹句にあるように「経済がズバリと分かる!」とまではいきません。それにはさらにこの本で解説されている経済の各論を深めていく学びが必要でしょう。それでも長沼氏ならではの巧みな比喩と図説は、「インフレーション」みたいな用語のごくごく上っ面しか撫でていなかった私のような者でも経済に対して一歩理解を進めることができました。そしてまた経済からつながる世界のさまざまな側面、産業・貿易・歴史・軍事・政治……にもそのベースとなる視座を与えてくれる本だと思いました。