インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

留学生が苦労するカタカナの発音

「ペーコン」、「ウィーナー」、「シフト」。なんだと思われますか。実はこれ、先日留学生が課題で作ってくれた通訳用のグロッサリー(用語集)にあった表記です。それぞれベーコン、ウィンナー、シーフード。日本語の清音と濁音、それに撥音、促音、拗音、長音などが曖昧なために登場するこれらの言葉、ふだんから留学生と向き合っている私たち教員は「ああ、たぶんアレのことですね」と忖度(?)することができますが、社会に出てから市井の日本人にこう言って、はたして分かってもらえるでしょうか。

「シフト→シーフード」はさすがに難しいかもしれませんが、それ以外は前後の文脈で分かってもらえるかもしれません。でも、今日も今日とて「私の国には寝たブタの像があります」という発言があって何かと思ったら「寝た仏陀の像」でした。なるほど、涅槃仏ね。ともあれ、来日何十年になる「ベテラン」の方でもときどきコピーのことを「コッピ」や「コビー」と書いていたりして、なるほど日本語のこうした音は意外に「鬼門」なのだなあと思います。

これは母語にもそういう音があるかどうかで習熟度にも違いが出るのかもしれません。私が観察してきた範囲で言うと、母語にもそういう清音と濁音の違いとか、撥音、促音、拗音、長音のようなものがある方は、当然でしょうけど日本語のそういう音を出すのも、それぞれを出し分けるのも上手です。逆にそれらがない母語の方はよほど注意しないと「切手買って貼った」が「きてかてはた」みたいな発音になってしまいます。

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https://www.irasutoya.com/2016/06/blog-post_393.html

私がいま学んでいるフィンランド語は、撥音、促音、拗音、長音(に聞こえる音)が多い言語です。“kyllästynyt(キュッラストュニュット)”とか“kymmenentuhatta(キュンメネントゥハッタ)”とか“mielenkiinnottomuus(ミエレンキーンノットムース)”など、はねたり、つまったり、ねじれたり、のびたりしまくり。だから、私はフィンランド人に「発音がいいですね」と言われます。もちろんお世辞が99%でしょうけど、たぶん、こうした撥音、促音、拗音、長音の少ない母語話者によるフィンランド語と比べて、それらに慣れている日本語母語話者の発音が聞きやすい、ということなのでしょう。

もうひとつ、現代の日本語にはカタカナの外来語が多いですが、このカタカナの発音でも苦労する方がままいらっしゃいます。ひとつは上述したような音の要素によるものですが、もうひとつは「発音がよすぎて伝わらない」というものです。日本語母語話者は外来語であっても「母音ベタ押し」で発音することが多く、例えば“something”だって「サムシング」のように、つまり「グ→ウ」までしっかりくっきり発音する方がほとんどですよね。それが苦手なのです。

苦手といっても、留学生の発音の方がよほど英語らしいというか、本来の発音なんですけど、それだと日本語母語話者に伝わりにくい。特に通訳をしている時に、地の文に混じって外来語だけ「やけに発音がいい」と逆に分かりにくく、時には滑稽な感じにさえなってしまいます。

というわけで通訳訓練の時など、できるだけ日本語母語話者に分かるような発音でお願いしますねと言っているのですが、何だか申し訳ないような気もします。むしろ日本語母語話者のほうが本来の発音に慣れて行くべきなのかもしれないと思って。でも実際には良くも悪くも超モノリンガル社会の日本で暮らし、仕事をしていこうと思うなら、今のところは「母音ベタ押し」に馴染んでいくしかないんですよね。外来語の発音が良すぎるとたぶん聞き手は「は?」の連続になるでしょうから。

でもこれが、かなり難しいようです。毎年毎年この点を指摘していますが、外語と日本語で共通のカタカナ語を、例えば英語へ訳すときは本来の発音で、日本語へ訳すときは「母音ベタ押し」でと器用に使い分けられる方はそれほど多くありません。でも逆に言えばそういう「職人技」を高めていくことができれば、特に日本の企業などでは高評価が得られるはず。せっかく日本語を学ぼうと決意されたんですから、そういうところまで「オタク的」にこだわってみてほしいと思います。