インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

料理は一秒ごとにまずくなる

年に1〜2度ほどのお楽しみ、よしながふみ氏の『きのう何食べた?』最新第17巻が出ていたので、買ってまいりました。今回も登場人物たちがそれぞれの人生でリアルタイムに歳を重ねていて(それがこの作品の魅力のひとつ)、もちろん出てくる料理も「これやってみよう」というのが多くて楽しんで読みました。いろいろな料理を作る手順が本当にリアルで、これはよしながふみ氏自身が料理好きで実際にご自分でも作りながらマンガに落とし込んでおられるのだと思います。

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きのう何食べた?(17) (モーニングコミックス)

なかでも私が一番リアルだなと思うのは、主人公のシロさんがひとつの献立に入っているいくつかの料理を同時並行で作り進めていくところです。例えば今回の第17巻で一番ドラマチックな展開だった第137話では、シロさんは「チキンピカタ」と「キャベツと絹さやのアンチョビ炒め」と「にんじんバターライス」と「せりのスープ」を作っています。いい献立〜。

で、この献立でシロさんはまず「にんじんバターライス」を炊飯器に仕込んで炊飯ボタンを押し、それから「チキンピカタ」の仕込み(下味つけ)にかかり、「せりのスープ」を九割方作っておいて後で沸かし直せるようにしておいて、「キャベツと絹さやのアンチョビ炒め」を一気に作って大皿に盛り付けるところまで持っていって、さらに「チキンピカタ」を焼きはじめて、焼いている間にピカタに合わせる「オーロラソース」を作っています。これ、ふだん炊事をしている方にはおなじみというか当然の「同時進行」なんですけど、こういうところを再現して、しかもごちゃごちゃした説明にならない(だってこのマンガは、実際に作ってみる人のためのレシピ本にもなっているのですから)のがすごいと思うのです。

思うに、日々の炊事ってこの「同時進行」がひとつの醍醐味なんですよね。スーパーなどで見つけた素材と冷蔵庫内のありもので大体の献立を頭の中で作ったら、それを煮ているあいだにこれを切り、その合間にあれを仕込む、という感じでいくつかの料理を同時進行させて行き、それぞれの出来上がりがなるべく最後で一緒になるように持っていくのが楽しいの。もちろん作り置きしているものもあれば、出来上がったあと保温状態にしておけるものもありますけど、料理づくりの最後に献立が一斉に出来上がってくるその時間帯が一番好きです。

シロさんは上記の献立で、「キャベツと絹さやのアンチョビ炒め」を作って大皿に盛ってしまってから「チキンピカタ」を焼きはじめていますが、これも本当は同時並行で仕上げたいところでしょうね。もちろんマンガとしてそこまでリアルにしすぎてしまうと却って手順がわかりにくくなるので、作画上はこれでちょうどいいと思いますけど。あと、このマンガで気持ちいいのは、シロさんが料理を作り上げるそのタイミングで同居人のケンジが帰ってきて、すぐに食べてくれることです。

料理ができあがっているのに、家族がなかなか食べてくれないというのは、ちょっとつらいです。「つらい」だなんて大袈裟でしょうか。でも、あの沢村貞子氏も『わたしの台所』でこう語っておられます。「料理は一秒ごとに不味くなる、という」、「美味しいものを食べるためには、すべて、ころあいこそ大事」と。料理には「食べごろ」と「食べさせごろ」があって、美味しいものをなるべく美味しく食べてもらうために「食事どきの台所をいつもバタバタ走り回っている。食いしん坊でおせっかい……美味しいものを食べるのも食べさせるのも大好きな性分だから仕方がない」。

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わたしの台所 (光文社文庫)

よ〜くわかります。だから家族が何時に帰ってくるか分かりたいものですし、連絡がないと炊事がしにくいですし、あまつさえ「今日は外で食べる」なんて連絡が夕刻に入ったりすると、もっと早く言え〜! と怒り心頭に発するんですね。そしてまた、もう料理ができあがっているのに長電話をしているとか、風呂上がりの髪を延々乾かしていて食卓につきやしない、なんてのも「一秒ごとに不味くな」って行くのを目の前にしながらなんとも悲しい気持ちになるのです。