インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

疲れているのに餃子を包みたくなる

「晩ごはん症候群(シンドローム)」という言葉があるそうですね。毎晩の食事作りがつらい、疲れた……というお悩みの総称で、同名のマンガが元になっているのだとか。こちらにマンガの紹介がありますが、読んでいてなんとも複雑な心境になりました。症候群に苛まされているのが全員「ママ」だったり「主婦」だったりで、なおかつ夫、つまり男性が全くの無理解かつ非協力的だという点にです。

select.mamastar.jp

まあこれ、お子さんがいるかどうかも大きな要素ですし、世の中には理解があって協力的な夫もいると思いますが、こうした主題のマンガが広範な共感を得るというのは、やはり日本社会の特殊性を物語っていると思います。そして学生時代から何十年もこの状況を見つづけてきた自分の感想としては「変わらないなあ、この国の男たちは……」という感じです。

私自身は毎日の炊事が大好きです。とはいえ、子供のために食事を用意する必要はなく、夫婦二人分だけなのでなにかエラソーなことを言えるような資格はありません。ただ、炊事ってけっこう向き不向きがあるような気がします。食材を繰り回したり、同時並行でいくつか作ったり、作りながら洗い物を消化していったり……というのは、そう単純なことではないと思うからです。

性別やジェンダーを問わず、パートナーを選ぶ際には外見や性格や思想信条などなどの要素のほかに、ぜひ「家事能力の有無」や「家事への向き不向き」も加えるべきじゃないでしょうか。だって、家事に理解を示さず、帰ってきたら洋服脱ぎ散らかしとか、風邪で寝込んでいるのに「俺のご飯は?」などという人なんてイヤ過ぎるじゃないですか……って、お若い方に言ったら「は?」と怪訝な顔をされるかな。

それはさておき、私は炊事全般が大好きなので、妻と家事を分業しています。買い出しや炊事や後片付けは私の担当、掃除と洗濯は妻の担当です。現在妻はくも膜下出血後のリハビリと就活の最中で、外に出て働いている時間は私が圧倒的に多いので家事の分担は妻のほうが多いです。私は私で、炊事全般を担当すると自分の勉強や趣味や筋トレの時間が圧迫されるので、時々気持ちが煮詰まりそうになりますけど、マンガ『きのう何食べた?』のシロさんばりに炊事が生きがいなので、さいわい「シンドローム」には陥らずに済んでいます。

自分にとっては、炊事がストレス解消法なんですよね。だから「晩ごはんのこと考えるの、疲れた」ってことがないです。疲れないためにごはん作ってんだもの。ときには「ああ、今日は仕事でかなり疲れたから、晩ごはん作るの面倒だな」と思うこともあります。でも外食や惣菜を買って帰るのが苦手で(理由はいろいろ。落ち着かないし、味が濃すぎるし、高いし……)結局毎晩作っています。夕飯を外食で済ませることは、旅行などをのぞけばほとんどありません。

もちろん、手は抜きます。この時期だったら手抜き料理の横綱はやっぱり「鍋」。だけど、私は不思議なことに、疲れているときほど餃子を包みたくなったり、グラタンを焼きたくなったりするんですよね。アレはどういう心理状態なんでしょう。身体がカロリーを欲しているのかしら。餃子は、以前はもう絶対に市販の皮など使わず、粉からこねてのばしてましたけど、最近はそこまでのガッツというか欲望がなくなりました。歳を取って食にも淡白になってきちゃったのかしら。

それにまあ市販の餃子の皮も最近はいろいろとあって、餅粉入りとか米粉の皮とか、けっこうおいしいのです。というわけで、疲れているのに餃子を包みたくなった晩は、そんな皮を利用して手を抜き、さらに包み方も「スヰートポーヅ」式にしてさらに手を抜いています。

スヰートポーヅというのは、東京は神田神保町の古書街、すずらん通りにある焼き餃子と包子のお店。混雑時には相席になるほどの人気店です*1。ここの焼き餃子は包むときに皮にひだを寄せない、いわゆる「棒餃子」状態なんです。

この包み方だと、焼いている最中に肉汁や餡の調味料が流れ出してそれがおいしい焦げ目を作ってくれます。だから餡にしっかり味をつけて、そのぶん食べるときは何もつけないのがおすすめ。皮に餡を置いて両側から合わせて閉じるだけだから、とても早く包めるんですね。ひだを寄せる包み方の1/3から1/4くらいの時間で済むと思います。忙しいときにぴったりです。

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などと書いていたら、また食べたくなりました。今夜も作ろうかな。

*1:個人的には、正直に申し上げて、えー、そこまでおいしいとは思えないんですけど(ごめんなさい)。