インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

『ロシア語だけの青春』からヒントを得た教案

語学学習者としても、また語学の教師としても様々な気づきがあった、黒田龍之助氏の『ロシア語だけの青春』ですが、私が購入した版には帯がついていて、そこにこんな惹句が書かれています。

ひたすら発音、そして暗唱
他のやり方は知らない

なるほど、語学の学習法は畢竟これに尽きると。ロシア語もそうでしょうけど、中国語も日本語母語話者にとってはまず発音が最初の、そして最大の関門で、これを乗り越えないことには音声でのコミュニケーションはまず覚束ないと思います。

そしてハッキリクッキリ大きな声で、ひたすら声に出して単語や文章を身体に叩き込む暗誦も、やっぱり必要。世上よく言われる「語学を何年やっても、ちっとも話せない」というのは、まずもってこの音声によるアウトプットがあまりにも少なすぎるからだと思います。かつて國弘正雄氏がおっしゃった「只管朗読」もそうですけど、朗読と、その結果としての暗誦は語学の王道ではないでしょうか。

qianchong.hatenablog.com
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『ロシア語だけの青春』には、ロシア語研究所「ミール」における授業の流れが、簡潔にまとめられています。

①基本例文と応用例文の発音
②単語テスト
③口頭露文和訳
④口頭和文露訳
⑤質問と答え
⑥次の単語の発音

きょうび、教科書のテキストを用いた「訳読」は、「そんなことばかりやってるから、ちっとも話せないんだ」などと批判されて分が悪いようですが、私は母語と外語を往還するこの方法はそれなりに理にかなっていると思います。もちろん頭の中に日本語を介在させず、常に頭を「外語モード」にする練習も必要だとは思うのですが、初中級段階では母語の力も借りながら外語の理解を進めるのも効率的ではないでしょうか。

特に「ミール」の授業で注目すべきは③と④の「口頭訳」です。テキストの文章を見て訳すのではなく、音を聞いて音を出す、つまり文字に頼らず音声だけでインプットとアウトプットを行うのです。これはやってみれば分かりますが、とてもしんどくて「泥臭い」作業です。でも、きちんとした構文の外語を正確に聴き取ることができ、正確に発音して話すことができるというのは、考えてみれば基本中の基本。でも、これすらやっていない方がほとんどなのです。

というわけで私、趣味で(というかボケ防止のために)学んでいるフィンランド語でもこれをやっています。具体的には Quzlet に教科書のテキストを一文ずつ日本語とフィンランド語で入れて「口頭日文芬訳」するのです(「芬」は芬蘭語=フィンランド語)。フィンランド語は格変化が激しいので、例文を覚えても応用がききにくい言語なのですが、決まりきった文章だって言えないよりは言えたほうが千倍マシ。つべこべ言わず自分に課すことにしたのです。

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さらにはこれを、自分が担当している華人留学生の「中日通訳クラス」でも取り入れてみることにしました。これまでは通訳という作業の「当意即妙性」を重視して、訳例は一切配布しないで授業を行ってきたのですが、それをいったん撤回して、授業中にみんなで訳例を検討し、出来上がった訳例を覚えて暗誦してもらうことにしたのです。

プロを養成するための通訳スクールでは、訳例を出しません。それは生徒さんが訳例を唯一の正解だと誤解して「よりよい訳」を検討しなくなるためです。また現場での発言は一回限りのものであり訳例を作っても応用が効かないという観点からも、訳例を配らないのが基本だったのですが、留学生の通訳クラスで学んでいる生徒さんはまだ日本語自体が「発展途上」で、まずは正確な語彙や構文を身体に叩き込むのが先決ではないかと考えました。

その方針をみなさんに伝えたら、意外なほど肯定的な反応が多くて驚きました。みなさん、自分の訳出がまだまだであることは重々承知していて、でもまだ日本語の力がそこまで備わっていなくて、なんとも隔靴掻痒というか内申忸怩たる思いを募らせていたようなのです。

訳例を共有して暗誦を課すということは、ある意味これまでの通訳訓練からいったんダウングレードすることを意味するのですが、現段階ではそれが一番みなさんのレベルに合っているということなのかな。これまでが少々「ハイスペック」過ぎたのかもしれないですね。やはり語学の初中級段階では特に、こういう「泥臭い」練習から逃げてはいけないのです。