インタプリタかなくぎ流

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仕事のためではない語学の沼にハマる

勤務先で行われた同時通訳実習に、講演者として参加しました。教員が持ち回りで二時間弱ほどの講演を行い、学生がチームに分かれて通訳(日本語→英語・中国語)をするというものです。主眼は同時通訳の訓練ですから講演内容は何でもよいのですが、いちおう「こういう業務を実際に引き受けたとしたらどんな準備をして当日に臨むか」が課題なので、100ページ以上のスライド資料を作って*1事前に配布し、予習をじゅうぶんにしてもらった上で訓練を行いました。

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私が今回話したのは「フィンランド」についてです。フィンランドという国についてと、フィンランド語について、さまざまな角度からしゃべり倒しました。私はフィンランドに関する専門家でも何でもないですが、話しはじめるといくらでも話す内容が湧いてきます。おかげで講演時間内にきちんと収めるのに多少苦労しました。

講演の最後には質疑応答の時間も設けました。これも会場から英語や中国語で自由に質問してもらい、私は英語や中国語がまったく分からない講演者の体(てい)で日本語で答え、それらすべてを学生が同時通訳するという形です。学生は全員外国人留学生ですが、みなさんとてもよく頑張って、私のとりとめのない講演を通訳してくださいました。

講演のまとめ部分で私は語学の楽しさ、それもふたつ以上の語学をやることの楽しさを話したのですが、それについていくつか質問されました。ひとつは「語学を続けるのが苦しいときにはどうしたらいいか」、もうひとつは「なぜフィンランド語というマイナーな言語を学ぼうと思ったのか」です。

「語学を続けるのが苦し」くなったら、学ぶペースを落とせばいいと思います。語学というのはとにかく泥臭くて辛気くさい営みです。時には倦んでしまうこともあるでしょう。そんなときには無理をせず、思い切ってペースを落とすのです。一日に一単語覚えるだけにするとか、練習問題をひとつだけやって、それでおしまいとか。

いったんお休みしてしまうと、再開するときにかなりエネルギーを要します。そして多くの人は休むと、そのままやめてしまいます。だけど、毎日ほんのほんの少しだけでいいからその語学とつながっていさえすれば、語学はどこかへ逃げたりはしません。また元気が戻ってきたらバリバリ学べばよいのです。

「なぜフィンランド語を学ぼうと思ったのか」、これは単に「悪魔の言語」とも称されるほど文法が複雑なので*2、パズルを解くようにフィンランド語と格闘するのが楽しそうだなと思ったからです。フィンランドの方には大変申し訳ないのですが、だからフィンランド人とお友達になりたいとか、フィンランドのあれこれが大好きとか*3フィンランドに移り住みたいとか、そういうのとは少々違う理由です。ましてや就職に有利だからなどとは考えたこともありません。もっともフィンランド語ができてもほとんど仕事はなさそうですけれど(またまた失礼)。

これを言うとみなさん信じてくださらないのですが、いま私が仕事にしている中国語だって、学び始めたときは「就職に有利だから」とか「これからは中国の時代だから」などとはまったく考えませんでした。私が学び始めたのはたしか1994年頃で、当時すでに中国の経済が急速に伸びつつあり、中国語学校のクラスには明らかにそれを見越して学んでいる方も見受けられました。でも私は単に中国語の発音がきれいで、楽しそうだからというきわめて「のほほん」とした理由で学び始めたのでした。いまで言うところの「推しにハマる」という感覚に近いと思います。

もちろんあとになって「これは仕事になるかも」と思うようになりましたが、少なくとも学び始めて5年くらいは、ただただ面白いからハマっている沼にすぎませんでした。自分の体験を一般化するつもりはありませんが、語学という、こんなにも泥臭くて辛気臭い(でもハマっている身にはそれが楽しいのですが)営みを就職のためにやり続けるのは辛すぎます。本当にその語学に興味があって好きなのであればまだしも、好きでもないのに義務だけで続けられるほど人間は強くないし、好きではない人が習得できるほど語学は甘くはありません。

だからお若い方は、やるならぜひ好きになれる語学を探して、それをなさった方がいいと思います。英語が、英語の描写する世界観が大好きならもちろんいいんですけど、学んでいて楽しくないならやめておいた方がよろしいかと。英語がここまで「ぐろーばる・すたんだーど」になってしまった現在、それに抗うのは勇気がいるかもしれませんが、好きでもないものに短い人生のかなりの時間を割いてしまうのはもったいないです。

ましてや検定試験で何級を取るのを目指すとか、スコアの点数に一喜一憂するとか、そんなのは一番つまらない語学のやり方だと思います。同意してくださる方は少ないですし、「それはアンタみたいにもう若くもなく、それなりに語学を仕事にして『逃げ切る』算段がついている人だから言えることだ」と言われてしまえば返す言葉もないのですが。

*1:テンプレートはこちらから拝借しました。感謝です。 PowerPoint template - Finland Toolbox

*2:……と思っていましたが、学ぶにつれフィンランド語の全体像が少しだけ俯瞰できるようになり、「悪魔感」は薄れました。もちろん難しいことに変わりはないけれども、続けていけば何とかなりそうな気がします。

*3:たとえばムーミンとか、マリメッコとか、オーロラとか、サウナとか。もちろん興味はありますが、その「沼」にハマっているかというと、それほどでもありません。