インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

動詞がドーシても必要なんです

中国語が母語である華人留学生と「中国語→日本語」の通訳訓練をしていると、いくつか興味深い現象が見られます。そのうちのひとつは、訳出する時に日本語の文章の係り受けがねじれる、特に最後に動詞を入れることを忘れる、という現象です。

中国語は、英語ほど厳格ではありませんが、まず最初に「誰が・どうする」という文の核になる部分を言ってから,細かい付加情報を足していくことが多いです。つまり主語や動詞が文の最初に出てくるんですね。

First of all, thank you for taking time out of your busy schedule to come to this meeting.
首先,感謝大家在百忙之中抽出時間前來參加此次會議。
まず、みなさまがお忙しい中この会議に参加してくださったことに感謝申し上げます。

英語と中国語はそれぞれまず “Thank you” や “感謝大家” のように、文章の核である「私はみなさんに感謝します」という結論を先に行ってから、では何に感謝するのかという具体的な詳細について述べていきます。

中国語では文の最後に “對此表示感謝(この点に感謝します)” などと持ってくることもできますが、基本的には先に結論を明示しちゃう。日本語では「私は→感謝する」と意図がはっきりするまでの距離が長いです。言い換えれば、最後まで聞かないと結論が見えないということでもあります。

まあこれは今さら私が書くまでもなく、同時通訳訓練などではさんざん指摘されていることです。結論としての動詞が最後に出てくる、あるいは動詞を最後まで取っておかなければならないことが多いというのが日本語の特徴だと。もちろん倒置を使って「私は感謝します」を先に持ってくることも可能ですけど、少々不自然ですよね*1

そういう日本語のあり方が母語の中国語とはかなり異なっているので、華人留学生のみなさんが訳出する際、その取っておいた動詞を言い忘れてしまう、あるいは主語との関係を見失ってしまうのかな、だから係り受けがねじれたり最後に動詞が抜けたりするのかな、と思いました。

これは日本語母語話者が英語や中国語を話そうとするとき、日本語の思考方法でいきなり細かい付加情報や目的語から文を始めてしまい、にっちもさっちもいかなくなってしまう現象と表裏一体をなしているような気がします。例えば「私は新宿に買い物に行きたいです(我想去新宿買東西)」と言おうとして、最初に「主語+動詞」つまり “我想去” が言えず、日本語の語順に引きずられて “我…新宿…” と言ってしまって後が続かない、といったような現象です。

私自身、中国語を学び初めて日が浅い頃は「まず最初に主語+動詞を言え!」というのを肝に銘じていました。それでも仕事で中国人の同僚に話しかけるときなど、最初に主語+動詞を言っていても、何だか物足りないというか言い切っていないような感じがするのか、最後に「です」とか「なんです」をつけ加える癖がなかなか抜けなかったことを覚えています。“張さん、我想聽聽你的意見…なんですけど” みたいな感じで。

日本語と「OS」が異なる英語・中国語

上掲した英語の例文は『究極の英語学習法 はじめてのK/Hシステム』から採りました。この本では、英語の基本的な「構造的特徴」として、まず「主語+動詞(+目的語)」のようなしっかりした主述構造(何がどうした)が提示され、そこに前置詞や接続詞を使って名詞や文がくっついていくこと*2、「意味的特徴」として、まず結論が提示され、そこに詳細な情報が付け加わっていくこと、この二つが「英語の感覚」の核であり、これらを身体に叩き込むことが何より大切であると繰り返し説いています。


究極の英語学習法 はじめてのK/Hシステム

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私はこれはとても大切な指摘だと思います。中国語でもそうですが、先に「主語+動詞を言え!」次に「細かい情報をつけ加えていけ!」という思考回路を何度も何度も練習して、オートマトンというか、あたかも車の運転を身体が覚えるのと同じように、ほとんど自動的に処理できるようになっていくことが「話せる」ということだと思うからです*3。実際、自分が中国語を話しているときは、特にノって話せているときは、この自動処理が上手く機能していることを実感できるのです。次から次へと淀みなく言葉が紡ぎ出されてくる快感とでもいいましょうか。

『はじめてのK/Hシステム』ではこれを、パソコンのOSの違いに例えています。英語や中国語のように語順で話す言語、語順が大きな意味を持つ言語*4は、まずこのOSの違いをきちんと認識して、その違ったOSを自分に新たにインストールすることを心がけ、反復して練習する必要があるということなんですね。

……ところで。

英語や中国語は最初に結論を言い切ってしまうため、物言いが断定的というかクリアになりがちな気がします(もちろん婉曲な表現方法は山ほどありますが)。私は英語や中国語を話しているとき「明らかに自分の性格が変わってアグレッシブになる」のを感じるのですが、これはこうしたOSの違いがあるからなのかもしれません。

*1:同時通訳の際には、この多少の不自然さに目をつぶって積極的に利用したりします。

*2:この本ではこれを「船+フック+フック」というビジュアルに訴える面白い表現をしています。

*3:この段階では語彙力ももちろん問われますが。

*4:ちなみに、いま取り組んでいるフィンランド語は語順で話す言語ではないので、また違うアプローチが必要かなと感じています。