フィンランド語のクラスで使っている教科書で予習をしていたら、文法説明のあとにこんな一文が付されていました。この課では分詞の完了形や受動態などを学ぶことになっているのですが、だんだん文章が複雑な構造になってきて学習者が混乱するかもしれない……というのでアドバイスしてくれているんですね。お堅いイメージの教科書にこうした「人情味(?)」あふれるアドバイスが挿入されているのは面白いです。執筆者の個性なのか、それともフィンランド人の気風なのかは分かりませんが。
Hyvä neuvo: opettele lukemaan suomenkielistä tekstiä niin, että et lue sanasta sanaan, vaan katsot ensin koko lauseen. Tällöin voit paremmin nähdä ja ymmärtää pitkät ja hankalat rakenteet, jotka ovat sinulle outoja.
よきアドバイス:このようなフィンランド語文章の読解をする場合、まずは文全体を見るようにして、単語から単語へ一語ずつ読まないようにしましょう。こうすることで、難解だと感じる長くて複雑な構造をよりよく理解することができます。
これはたしかに「よきアドバイス」だと思います。特に語順で話す言語ではない(その意味では日本語に似ている)フィンランド語の読解においては、頭から一つ一つの単語を追いつつ意味を取ろうとしてもかえって混乱することがあると。もっと全体を俯瞰して意味を捉えた方がよいですよ、と言っているんですね。
これは中国語や英語を学んでいるとき、通訳や翻訳を学んでいるときにも有効なアドバイスだと思います。リスニングなどをしていても、学生さんによく見られるのは頭から全部聞こうとして全体の意味や意図を理解し損ねるという現象です。もちろん理想的には100%聴き取れた方がいいけれど、どうしたって知らない単語や言い回しは出てきます。
その時に、頭から全部理解しようとして一つでも知らない単語に出くわすと、そこで「フリーズ」してその先を聴いていないということがよくあるんですね。精緻な翻訳をする場合ならまた別ですが、話されていることを大まかに理解して、話者の「意図」をくみ取るためには、発話や文章全体を俯瞰する必要があると思います。
そのために「サマライズ(要約)」という訓練を行ったりもします。サマライズは例えば5分程度の音声や映像をメモを取りながら視聴して、そののちその内容を1分程度で誰かに伝えるという練習です。5分のものを1分にするので、当然すべてを再現することはできません。そこで情報全体を俯瞰して、どこが話の骨子でどこが枝葉末節かを見極めるようにするのです。
再現するときに「話の重要な筋道が分かればよく、少しくらい情報が落ちても構わない」とあらかじめ言われていると、比較的安心して情報を俯瞰することができ、「一つでも知らない単語が出たら即フリーズ」を防ぐことができるように思います。日本語母語話者の私たちだって、よくよく観察してみると相手の言っていることを100%聴き取ってコミュニケーションしているとは限らないです。重要なところだけ聴き取って、それをつないで相手の意図を理解している。もちろんそれが苦もなく瞬時にできるのが母語の母語たるゆえんだと思いますが。
フィンランド語に話を戻すと、読解の場合まず一文の中の動詞を探すようにしています。それから動詞の人称と時制を確認する。さらに動詞に目的語がある場合はそれを探し、それから修飾語のような「枝葉末節」に踏み込んでいきます。中国語だと形容詞述語文みたいな動詞を介さない文章もありますが、フィンランド語の場合は英語の「be動詞」にあたる「olla動詞」もあり、たいがいの文には動詞が含まれています。
とにかく文の頭からかじりつかず「俯瞰的」に……というのが読解のコツなんでしょうね。「俯瞰的」だなんてどこかの国の首相の、説得力のない答弁みたいですけど。
もっとも、個人的には上掲の文にあった「sanasta sanaan(単語から単語へ)」みたいな面白い表現にすぐ飛びついてしまいます。フィンランド語は日本語の助詞にあたるものが単語そのものに含まれて格変化を起こすので「sana(単語)+sta(出格:〜から)」「sana+an(入格:〜へ)」となり、日本語によく似ているなあと思って。英語や中国語だったら「from〜to」とか「從〜到」みたいに前置詞が必要なのにね。こういう違いが面白いです。
Helsingin uusi keskustakirjasto on herättänyt jo ennen valmistumistaan huomiota ulkomaillakin.