インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

フィンランド語 72 …日文芬訳の練習・その8

週に一度のフィンランド語教室、作文を継続して提出しています。一度やめたらもう続かないような気がして。以前にも書いたことがありますが、作文は(会話もですが)とにかく恥ずかしがらないことが肝要だと思います。「こんな幼稚なこと書いて笑われないかしら」とか「習った内容を全然活かしてない作文で先生が怒らないかしら」とかいろいろな考えが湧いてくるんですけど、はっきり言ってそれらは全部妄想です。作り話でもなんでもいいから、とにかく書き続けるのです。

今回も私は「しょーもない」内容の作文を書いて出しましたが、先生は丁寧に添削してくださいました。「弁当」は最初私は「luonaspaketti(食事のパッケージ)」と書いたんですけど、これだと弁当箱だけで中身がない感じになってしまうんだそう。「eväs」という言葉を教わりました。

それから「妻と家事を分担している」というところで「〜と一緒に」の定番「属格+kanssa」を使ってみたのですが、「vaimo(妻)」に所有接尾辞の「ni」をつけて「vaimoni(私の妻)」としたところで、最初は「属格+kanssa」だから「*vaimonni kanssa」としました。

でもこの表現でネットを検索してみても一つもヒットせず、そのかわり「vaimoni kanssa」はたくさん見つかりました。「vaimo」を属格の「vaimon」にしなくていいのかしら。この点を授業で質問してみたら、「vaimo」(というか人?)にまつわる以下の5つの格の場合は原形のまま所有接尾辞をつけて「kanssa」を続けると教わりました(多分以前にも教わったはずですが、忘れていた)。

vaimo 単数主格 〜は
vaimon 単数属格 〜の
vaimon 単数対格 〜をひとつ
vaimot 複数主格 〜たちは
vaimot 複数対格 〜すべてを

この5つの格ではすべて所有接尾辞がつくと「vaimo + ni(si / nsA / mme / nne / nsA)kanssa」になるんですね。「vaimo」を属格の「vaimon」にしなくていい。語学の授業では「以前に習ったことをまた聞いてもいいかしら」などと心配するのも無用なことだと思います。恥を捨ててどんどん聞く。語学ってある種「虚栄心」とのせめぎあいなんですね。

先週の土曜日は仕事をするはめになりました。それでフィンランド語の教室に参加できませんでした。ふだん私は妻と家事を分担していますが、ここのところずっと忙しく、夕飯を作れないこともあります。そんなときはお弁当を買って帰ります。私は横浜の有名な「シウマイ弁当」が好きです。東京でも買えますが、やはり横浜で買うのがおいしいような気がします。


Minä jouduin tekemään töitä viime lauantaina. Siksi en voinut mennä suomen kielen kurssille. Olen tehnyt aina kotityöt vaimoni kanssa, mutta minulla on ollut liian kiire viime aikoina, joskus en ehdi valmistaa illallista. Siinä tapauksessa ostaisin eväitä kotiin. Minä tykkään Jokohaman kuuluisasta “Shiumai”- eväistä. Vaikka voi myös ostaa sitä Tokiosta, mutta luulen, että Jokohamasta ostettu se on kuitenkin paras.


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