インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「言葉の経済」を肉体化するのが楽しい

昨日Twitterで偶然見かけたフィンランド語のニュース。見出しがたまたま知っている単語ばかりで構成されていたので、すらっと読むことができました。これは初めての体験でした。細々と学んでいるので、やっとこのレベルですが、嬉しかったです。

Vanhojen omakotitalojen hinnat ampaisivat pääkaupunkiseudulla

フィンランド語の先生は、読解の時はまず文型と動詞を確認しなさいと言います。この文は「olla」の文(第一文型)でも所有文・存在文(第二文型)でもないので「〜が〜する」「〜を〜する」という動詞の文ですね。第三文型と言っていいのかしら。というか、私はまだこの3つしか学んでいないので、とりあえず「動詞の文」と言っています。上級者から見ればとんちんかんなんでしょうけど、勘弁してください。

動詞は「ampaisivat」。フィンランド語は語形変化が激しいので、そのまま辞書を引いてもまず見つかりません。この動詞は「vat」がついているので三人称複数ですね。「ampaista(舞い上がる/跳ね上がる)」という動詞があるので、これかな。「〜sta」の動詞は、後ろ二文字をとって「e」を付加した「ampaise」が語幹で、kptは逆転だけどこの単語はなし。三人称複数は「ampaisevat」になるところですが「ampaisivat」になっているということは過去形です。「ampaise+i」で「e」が消えて「ampaisivat」。

動詞の前に長い主語がついています。「vanhojen」は「vanha(古い)」の複数属格ですね。「vanha+i → vanhoi → vanhoia → vanhoja(複数分格)→ vanhojen(複数属格)」。

「omakotitalojen」も複数属格っぽいですが、これは「oma(自分の)」「koti(家)」「talo(建物)」の複合語ですね。たぶん一戸建てのマイホームじゃないかと思うんですけど、最後の「talo」が複数属格になっています。「talo+i → taloi → taloia → taloja(複数分格)→ talojen(複数属格)」。属格は多く「〜の」を表すので、ここまでで「古い一戸建てのマイホームの」。

「hinnat」は複数主格の目印「t」がついています。「nt → nn」のkpt変化だから、元の形は「hinta(値段)」でしょう。ここまでで「古い一戸建てのマイホームの値段」が主語。もちろんひとつだけじゃなくてたくさんあるマイホーム(たち)の値段(たち)ということです。日本語はこういう時「マイホームたち」とか「値段たち」とか複数を意識しないですね。主語+動詞で「古い一戸建てマイホームの値段が跳ね上がった」ということなんでしょう。

最後に「pääkaupunkiseudulla」があります。「pää(主な/主要な)」と「kaupunki(都市)」で「首都」、「seudulla」は所格・接格の形ですけど、「d」がkpt変化しているっぽい。「d → t」で「seutu(地域/辺り)」かな? つまり首都のヘルシンキ周辺で、と言いたいのでしょう。

これで「古い一戸建てマイホームの価格が首都圏で跳ね上がった」というような見出しだと分かりました。ここまで縷々腑分けしてきましたけど、フィンランド語の母語話者はこれを一瞬のうちに行って理解できるんですよね。当たり前ですけど、母語ってすごいです。

これでもやっと見出しが読めただけ。本文に入るとところどころの単語がわかるだけで、ほとんどお手上げです。でもこうしてみると「悪魔の言葉」とまで称される複雑極まりないフィンランド語の語形変化も、きちんと体型だって行われていることが実感できます。kptの変化や母音交替などの語形変化も、畢竟人間が言いやすくするための「言葉の経済」なんですよね。私たちが「一本(いっぽん)二本(にほん)三本(さんぼん)」と何の苦もなく言い分けられるのと同じで。ぜんぶ「ほん」だと、「いっほん」と「さんほん」がとてもストレスフルですもん。六本や八本や十本を「ろっほん、はっほん、じゅっほん」などと言っていたら酸欠になりそう。

外語が話せるようになるということの一つの側面は、こうした人間の自然な「言葉の経済」が肉体化されるということなのでしょう。そのためには繰り返し練習して、その感覚を(擬似的にでも)身に付けなければいけません。私はいまのところフィンランド語が話せるようになっても実質的なメリットはほとんどない(旅行して楽しいくらい?)んですけど、こういう外語を肉体化することそのものが楽しいんですよね。筋トレと同じかもしれません。

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Asun ja työskentelen aina meluisassa paikassa Tokiossa, en ole koskaan ajatellut, että voisin jäädä niin upeaan paikkaan.