インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「言葉の壁をなくす」のならもっと大きな夢を持とうよ

またまた新聞にAI通訳の記事が載っていました。今度は日本経済新聞、それも一面トップ記事です。

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www.nikkei.com

「同時通訳システム」という文字に興味津々で読んだのですが、翻訳データ蓄積の話がメインで、深層学習で高次の通訳が可能かについては触れられず、やや隔靴掻痒感がありました。AIによる機械通訳については、データの蓄積が現在より桁外れに進めば、そのうちなんとなく実現するような気がしますよね。後日の東京新聞にも、中国のこんな企業の話題が載っていました。

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かくいう私も以前は、データの蓄積が桁外れに進むことで、AI通訳は意外に早く実現するかもしれないと思っていました。ここまで来てしまえば、あとは「データ量の増加とコンピューターの能力向上、ソフトウェアの改善」という、要は時間の問題なのではないかと。

qianchong.hatenablog.com

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http://www.irasutoya.com/

ただ最近『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』や『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』などいくつかの書籍を読んで、ことはそう単純ではないと教えられました。


AI vs. 教科書が読めない子どもたち


働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」

これらの本を読むと、私のような素人が漠然と思い描いている「データが増えて、コンピュータとソフトウェアの性能が上がっていけば、いつの日か人間の脳を超えるんじゃないか」という素朴な思い込みは、コンピュータがそも計算機であり、計算機である以上は人間が行っているすべての認識や、森羅万象の事象すべてを数式に置き換えることができなければならず、しかもそれは不可能である……という事実の前に脆くも崩れ去ってしまうのです。

AIはいくらそれが複雑になって、現状より遙かに優れたディープラーニングによるソフトウェアが搭載されても、所詮、コンピューターに過ぎません。コンピューターは計算機ですから、できることは計算だけです。計算するということは、認識や事象を数式に置き換えるということです。


つまり、「真の意味でのAI」が人間と同等の知能を得るには、私たちの能が、意識無意識を問わず認識していることをすべて計算可能な数式に置き換えることができる、ということを意味します。しかし、今のところ、数学で数式に置き換えることができるのは、論理的に言えること、統計的に言えること、確率的に言えることの3つだけです。そして、私たちの認識を、すべて論理、統計、確率に還元することはできません。


脳科学が随分前に明らかにしたように、能のシステムはある種の電気回路であることは間違いなさそうです。電気回路であるということは、onかoffか、つまり0と1だけの世界に還元できることを意味します。基本的な原理は計算機と同じかもしれません。それが「真の意味でのAI」や「シンギュラリティの到来」を期待させている一面はあると思います。けれども、原理は同じでも、脳がどのような方法で、私たちが認識していることを「0、1」の世界に還元しているのか。それを解明して数式に翻訳することができないかぎり、「真の意味でのAI」が登場したりシンギュラリティが到来したりすることはないのです。


AI vs. 教科書が読めない子どもたち 164ページ〜165ページ

しかも冒頭のこの記事は、まあ日経だから仕方がないとは思うけれど、AI通訳に関する記事が「言葉の壁をなくす」と大上段に構えてみせた割にはやっぱり2020年のオリ・パラや目先のすぐに利益が望める金儲けにばかり照準が合っているようで、GoogleMicrosoftなどが狙っている(であろう)その先を日本も! と喚起する視点があまり感じられないのです。

記事の骨子はNICT総務省所管の情報通信研究機構)が民間に基幹技術を開放ってことなんですけど、同機構の翻訳技術は「観光に重点を置いている」のが特徴……などと嬉々として報じちゃって、世界の研究者からは「なんて小さな夢か」と思われるんじゃないかなあ。国の機関なんだからもっと深慮遠謀があっていいのに、と思います。

通訳業界では、観光通訳はどちらかというとタスクが軽い業務に分類されます。もちろん観光ならではの専門知識や難しさもありますから一概には言えないのですが、交渉や取材・インタビュー、講演会・シンポジウム、国際的な学術会議に比べると、比較的固定されたタームや用語が多いため、まずはこうした観光やアテンド(付き添い)から業務を始めてスキルを高めていくのが通訳業界の常道で。

私は(イヤミではなくホントに)AI通訳の研究はもっともっとやればいいのにと思っています。なのに重点を置いているのが業界的には一番タスクが軽いとされる観光って、たぶんNICTは予算的にも苦しくて、本格的なAI通訳の研究にはまだ取り組めないのかなとお察しします。もっと国が大きな目標、例えば上掲の本にあるような現状では実現が不可能な「真の意味でのAI」を見据え、予算も人もかけて研究したら、また新たな思いもよらぬイノベーションが起こるかもしれないのに。鳴り物入りで民間に開放する基幹技術が「観光に重点」というところに、落涙を禁じ得ないのです。