インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

語学教師とエンパシー

オンライン英会話でレッスンの予約をする際に、チューターのプロフィールをよく読みます。生徒からの評価が高いとか、教えている内容が自分のレベルに合っているとかも大切ですが、私がとくにひかれるのは、チューターご自身がご自分の母語である英語以外に何らかの言語を学ばれたことがあるという点です。

つまり、自分もいろいろと苦労や工夫をして第二言語や第三言語を学んでいる、あるいは学んできたので、英語がまだまだつたない生徒さんの気持ちがよくわかりますよと。例えばプロフィール欄にこんなことが書かれていたり、イントロダクションビデオでこんなことを話されたりしています。

  • I know how challenging it can be to learn a new language because I have done it!
  • I can relate to the difficulties of learning new languages, which has allowed me to approach my teaching style in a way of relatability.
  • I speak French but I am still learning so I know all about the difficulties of learning a second language.
  • I learned Spanish as a second language, studied Mandarin, and I'm currently learning French. I know what it's like to learn a language, so I know the best ways to help you improve.
  • In addition to teaching English, I am currently learning Spanish and would like to learn more languages, too.

要するにこれは、他人の感覚や気持ちにできるだけ寄り添おうと想像力を働かせる「エンパシー」ですよね。私もいまは語学教師のはしくれで、外国人留学生に日本語や通訳・翻訳などを教えています。自分がこれまで中国語や英語などの言語を学んできて、しかもそれがとても困難かつ楽しい営みであることが身にしみているので、日本語を学ぶ留学生の気持ちもよく分かるような気がします。

母語という自分の居心地のよい場所から抜け出して外語を学ぶ、それもある程度仕事に使えるレベルにまで持っていく(うちの学校の留学生はそのほとんどが就職を目指しています)ことがどれほど大変なことなのか。それと同時に外語を学ぶことがまたいかに楽しく、奥深く、あるいは一面怖い側面ももっているのか、そうした体験は語学を教えるときにも生きてくるのではないかと思うのです。

qianchong.hatenablog.com

英語という言語が世界の中で圧倒的なプレゼンスを持つようになり、「リンガフランカ」としての地位をほぼ確立してしまった現在、英語母語話者の英語教師には英語しか話さない、第二言語や外語を学んだことはないという方も多いです。もちろんそれでも優れた教師はいますし、また英語しか話さないけれどもTEFL(Teaching English as a Foreign Language)やTESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages)といった、英語を母語としない生徒に英語を教える教授法の資格を持つ方もいます。私はこれもオンライン英会話でチューターを選ぶときのポイントのひとつにしています。

もうずいぶん前のことになりますが、とある語学学校で肩を並べていた同僚にこの話題を持ちかけたことがありました。その同僚は英語と日本語のバイリンガルで、幼少時から自然に二つの言語を母語として育ってきた方でした。英語も日本語もとても流暢で(母語ですからね)聡明な方でしたが、学生への対応のしかたを観察していて、私はそこにかすかな違和感を覚えていました。個人的な印象ですから確たることは言えないのですが、第二言語あるいは外語を学ぶ生徒の気持ちにいまひとつ寄り添えていないような、あえて強い言葉で書けばある種の「傲慢さ」と、その傲慢さの後ろにある「自信のなさ」(人は自分に自信がないとき、往々にして他人に強く出たりするものです)が見て取れたのです。

それで私は「なにかひとつ別の言語を学んでみたらどうですか」と老婆心ながらおすすめしてみました。まだお若い方だったので、これからも学ぶ時間はたっぷりあるし、きっとそれは語学教師としてのキャリアにも意義あるものをもたらしてくれるのではないかと思って。でもその方からは「語学は苦手なんで」とにべもなく断られました。あああ、余計なお世話だったなあ……と気まずい思いをするとともに、どこかとても残念なものを感じたのでした。