インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

プーチン(上巻)

作家で元外務省ロシア担当主任分析官の佐藤優氏をして「古き良きBBCの、またイギリスのインテリジェンス文化が生きている。自らに不利な事柄であっても、あるいは不愉快な出来事であっても、プーチンの内在的論理を掴むというアプローチをきちんとしている」と絶賛せしめた、伝記作家フィリップ・ショート氏の『プーチン』上巻を読みました。


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上巻だけで5000円近くするのにおののいて、職場の図書館に「学生用推薦図書」として申請してみたら、ありがたく通していただけて、こうして一番乗りで読ませていただいた次第(学生さんごめんなさい。読み終えたのですぐに返却します)。下巻も今月初旬に発売されたようなので、そのうち図書館に入るんじゃないかと心待ちにしています。

この上巻はプーチン氏の生い立ちから、ソ連崩壊後に混迷を極めるロシアでエリツィンの後継者として大統領にまで上り詰め、その強大な権力を徐々に固めていく2003年頃までを描いています。ベルリンの壁崩壊に象徴される東西冷戦の終結からソ連の崩壊、独立国家共同体の結成あたりまで、私は大学生から社会人になったころリアルタイムでいろいろな報道に接していたので、そのあたりの記憶をおさらいするような感覚で読みました。

その後のチェチェン紛争、原潜クルスク号の事故、モスクワ劇場占拠事件など、日本でも大きく報道されたできごとについても同様に、当時の記憶が蘇ってきました。と同時に、当時仄聞していたマスメディアの報道だけではおそらく分からなかった(私自身も知ろうとしていなかった)ロシアとプーチン氏を巡るさまざまな動きとその背景についても知ることができました。

それにしても、ただでさえその実態がつかみにくいと思われるソ連ないしはロシアの動静、加えてプーチンの「内在的論理」について、よくまあこれだけ詳細に調べ上げ、時系列に沿って紡ぎ出せたものだと思います。これまでにもポル・ポト毛沢東などの定評のある伝記をものしてきたフィリップ・ショート氏ならではですが、その調査と分析の膨大さは、巻末にある124ページにも及ぶ「註」からもうかがい知ることができます。こんな分厚い註のついた本も珍しいです。

私はかつてエリツィンの後継者としてプーチンが登場した時、非常に唐突な印象を受けました。でもこの上巻を読んで、それがソ連からロシアへ移行した彼の国において、かなりのところまで必然的な理由があったのだなと感じました。日本の、あるいは「西側」のマスメディアにばかり接していると、とかく「悪の権化」とか「悪の帝国」的なステロタイプに染まった根拠の薄弱なイメージばかりをプーチンとロシアに対して抱きがちで、私自身も実野ところ最近までそのステロタイプからほとんど抜け出せていませんでした。

ですからこの上巻を読んで、さまざまな角度からさまざまな専門家の意見を徴することが大切だと改めて思いました。おそらく私の仕事により関係のある「かの国」についても同様の構図があるに違いありません。けれど、この本でも「メディアが何を言うべきではないかだけでなく、何を言うべきかについても共産党中央宣伝部の指針を一字一句遵守しなければならない、本当の全体主義国家」と評されている(433ページ)かの国は、おそらくいまのロシア以上に理解しにくい存在になっているように思われます。それだけに、余計にバイアスがかかりやすい。より一層、単純な捉え方に飛びつかない辛抱強さが必要でしょう。

ともあれ、ほどなく図書館に入ると思われる下巻を読むのが楽しみです。