インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

まずは停戦じゃないのか

きのう、きょうと、マスメディアではリトアニアで開催中のNATO首脳会議に関するニュースが数多く報じられています。トルコがスウェーデンNATO加盟容認に転じたという話題と、ウクライナへの長期的・継続的な支援という話題がその中心でした。新聞やテレビニュースなど、もちろんすべてを見ているわけではありませんが、私はこうした欧州の安全保障、そしてウクライナ戦争に関する日本のマスメディアの報道に接するたび、どこか違和感というか隔靴掻痒感を覚えます。

www3.nhk.or.jp

それは、どうも日本が朝野を挙げてNATOに象徴されるいわゆる「西側」に、そしてウクライナにフルベット(全掛け)し過ぎているような気がしてならないからです。もちろん日本は、特に軍事的にはアメリカのほとんど属国のような立場にすすんで自らを置いていますから、そうなるのは不思議でもなんでもないのかもしれません。


https://www.irasutoya.com/2017/06/blog-post_25.html

それでも、曲がりなりにも先の大戦の反省にたって戦争放棄をうたう憲法を持ち、ずいぶん落ちぶれてきたとはいえまだそこそこの存在感がある経済規模を誇る独立国であるならば、もう少し引いて全体を俯瞰しつつ、是々非々で国際社会に物申すスタンスがあってもいいと思うのです。

ウクライナ対ロシア、あるいはNATO対ロシアという枠組みについても、日本は率先して「まず停戦を」と呼びかける立ち位置を取ることが可能だと思うのですが、実質的にはウクライナNATOに対して全面的に支持というスタンスばかりが示されます。先般のG7広島サミットにおける岸田首相とゼレンスキー大統領との会談もそうですし、今回NATO首脳会議に出席する岸田首相の会見もそうです。

そこには、何を措いてもまずはこれ以上人命が失われないことを最優先にしよう、停戦に対して日本が積極的に汗をかこうという姿勢がひとつも見られません。こういう表現は適切ではないかもしれないですが、なにかこう日本のこういう姿勢からは、今次のウクライナにおける戦争に対して高みの見物をしながら「イケイケドンドン」で焚き付けているような、どこか無責任な姿勢を感じてしまうのです。

テレビの報道番組でお見かけする一部の軍事評論家にも似たような姿勢を感じます。ウクライナとロシアの攻防、その戦況や戦術や軍備などに関する詳細な解説は山ほどなさるのに、いかにこれ以上の犠牲を出さないためできるだけ早期の停戦を実現するかについての提言がほとんど見られないのです。これも適切な表現ではないかもしれませんが、どこか軍事オタク的に「はしゃいでいる」ようにさえ感じられる解説者もいます。

軍事評論家氏はそれぞれのご専門に従って求められる情報を提供しているだけなのかもしれません。であればマスメディアは停戦についてのオピニオンをお持ちの専門家にも意見を求めてほしいと思います。そしてなにより岸田首相をはじめとする国の要路にいる人たちは、一方にフルベットなどという思考停止はやめて、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占め(日本国憲法前文)」るべく努力してほしいと思います。