インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

2030半導体の地政学

先般アメリカのバイデン大統領が来日した際、記者会見で台湾有事の際には「台湾を守るため軍事的に関与する意思があるか」と問われて「イエス」と答え、これを「うれしい失言」などと何だか奇妙な喜び方をしていた政治家がいました。大手マスコミにも「同様の失言も三回目だから、これは本音とみていいのではないか」などと分析しているところがありました。

でも私は、バイデン発言は失言でもなんでもなく、当然「イエス」と言うに決まってる、アメリカのいわゆる「曖昧戦略」などというのはすでに過去の話なんじゃないかと思いました。直前に太田泰彦氏のこの本、『2030半導体地政学』を読んでいたからです。

台湾には世界最高峰かつ他の追随を許さない高度な加工技術を持つTSMC(台湾積体電路製造:台積電)があり、いまやアメリカはなりふり構わず台湾の半導体産業を自国内に取り込もうと、かなり強引に働きかけています。アメリカからすれば、これが中国の手に落ちることだけはどんなことがあっても避けなければと考えるはずです。


2030半導体の地政学

この本の冒頭に、現在の半導体をめぐる熾烈な競争に関わる「キープレーヤー」企業の一覧があります。TSMCや中国のファーウェイ(華為技術)にハイリシコン(海思半導体)、韓国のサムスン電子アメリカのインテルクアルコム、そして日本のキオクシアやルネサスエレクトロニクスあたりまでは知っていましたが、そのほかに電子回路の設計開発で圧倒的な存在感を誇るイギリスのアーム、シリコンウエハーに電子回路を「露光」させる技術でこれまた圧倒的なオランダのASMLなど、さまざまな企業が技術覇権を競う現状は初めて知りました。面白いといっては語弊がありますけど、半導体が最重要の「戦略物資」であるという意味がとてもよく分かりました。

そしてまた、半導体業界の上流から下流までにある、設計した回路を貸し出す企業、製品を企画・デザインする企業、製造を委託される企業……IPベンダー・ファブレスファウンドリーといった新聞ではよく見かけるけれども、正直よく理解していなかったさまざまな企業形態の違いもこの本でよく理解することができました。半導体そのものの理屈や仕組みについてはほとんど書かれていないので、それはまた他の書籍に当たる必要がありますが、少なくとも地政学的な見地で半導体をめぐる競争を俯瞰するのには最適の一冊でした。

しかし何ですね、こういう半導体をめぐる競争、いや「戦争」を見ていると、今次のロシアによるウクライナ侵攻など、きわめて前世紀的な世界観・国家観・民族観・戦争観、そして古い地政学に則って行われているんだなと思います。少なくとも半導体をめぐるこうした世界全体の動きを冷徹に俯瞰していれば、こんな割に合わない侵攻など行う気にもならないんじゃないかと。プーチン氏は「デジタル音痴」だという流言を読んだことがありますが、なるほど、そうなのかもしれません。