インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

絵が描けなくなった

オンライン英会話で、講師の先生を相手にちょっとした自己紹介などしていると、「学生の頃の専攻は何でしたか?」と聞かれることがあります。私が「美術です。彫刻を作っていました」と答えると、たいがい「いまでも彫刻を作ったり絵を描いたりする?」と返されます。「いいえ、いまではもう、まったく」。まあ日本の住宅環境で彫刻なんか作っていたら床板が抜けそうですが、そういえば絵すらも描かなくなっていたんですよね。

先日、むかし作った語学教材のファイルを整理していたら、自分が描いたイラストがたくさん出てきました。そうそう、かつてはこうやって自分でイラストを書いて、教材にあしらったりしていたのです。でも最近は「いらすとや」さんをはじめとするネットのフリー素材がとても充実しているので、自分で描くことはまったくなくなりました。

思えば子供の頃からお絵かきが好きで、それがこうじて美術系の学校を目指すようになったのでした。とはいえ、さて実際に学校に入ってみれば、まわりとの才能や情熱の差はいかんともしがたく、卒業後はいきなり路頭に迷うことに。それでも絵への未練は絶ちがたく、しばらくは自分の仕事の領域で、こうやって手慰みをしていたのでした。

でもそれすらもやらなくなって久しく、先日ちょっと描いてみようかなと思いペンを手にとって少々驚きました。もはやまったくと言っていいほど絵が描けなくなっていたのです。語学の授業では、特に初学者に対して言葉で説明が難しい事物などが出てきた際に、黒板やホワイトボードに絵を描いてみせることがあります。それも最近はなんだか「へたくそ」になってきていたのを感じていたところでした。

そりゃそうですよね。絵を描くというのは、もちろん知識も必要ですけど、それ以上に身体技能としての修練が必要です。スポーツでも語学でも楽器の演奏でも、日々繰り返し練習していなければそれに使える筋肉や神経や感覚はどんどん衰えていく。それを十年、二十年という単位でやってきていないのであれば、そりゃ描けなくもなろうというものです。

もちろん年月を経て、こうしてできなくなったことがある一方で、逆にできるようになったこともあるのですから、特段落ち込んだりする必要もないのです。それでもなんだかとても寂しいような悲しいような気分に襲われました。おそらく心のどこかでは、いまでもまたその気になればいくらでも描けるという気持ちがあったのだと思います。なんともはや。