インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

もっと厳しくしてほしい?

勤務先の専門学校は年度末の先週から期末試験週間を迎えておりまして、留学生のみなさんが今年度最後の試験に挑んでいます。試験をクリアしないと卒業や進級ができないのでみんなかなり真剣、というか神経質になっています。

こんなことを言うと学校側からお叱りを受けそうですが、私自身は本当はこうやって試験をしたり、試験のでき具合によって成績をつけたり順位をつけたり、卒業の判定をしたり……というのにあまり意義を見出せません。そうはいってももちろん規定に従って試験問題を作り、解答や判定の基準を作り、採点して、フィードバックまできちんとやりますけど、心のなかでは「本来はこんなことをせず、学びたい人が学びたいだけ学べばいいじゃないか」と思っています。

私たちの学校は義務教育課程でもありませんし、留学生の皆さんはもうみんな大人と呼ばれる年齢です。誰に強制されたわけでもなく、自分が学びたくて日本語や通訳や翻訳やビジネスを学んでいるのです(実際には親に言われてという方もいるかもしれませんが)。それにもとより、語学は人と競ったり比べたりしてもしかたがありません。自分が以前に比べてどれだけできるようになったのか、ただそれだけです。

だけど、試験が終わって成績を渡し、フィードバックを兼ねてひとりひとり個別に面談をしていると、少なからぬ学生さんから「先生は優しすぎます。もっと厳しくしてほしいです」などという声が聞かれます。う〜ん、優しいかなあ。たしかに私、以前はかなり厳しい態度で授業に臨んでいて、そのために学生さんに泣かれたこともたびたびありました。でも最近は歳をとって多少は人間も丸くなったのか(?)、そんなにギュウギュウと授業や訓練をやらなくなっているかもしれません。


https://www.irasutoya.com/2018/08/blog-post_793.html

でも……それじゃあせっかくですから厳しいことを言わせてもらえば、厳しくしてくれなきゃ学べないというのがそもそも“想得美(考えが甘い)”のではないかと思うのです。

もちろん学びのモチベーションを高めるために、教える側が工夫できることはたくさんありますし、その点についての努力は惜しんでいないつもりですが、その上でご本人が学ぶか学ばないか、どのような成果を残すのか、それはもう、当たり前ですけどすべてご本人次第なんです。

せっかく少なからぬ費用と手間ひまをかけて日本に留学しているんですから、それなりの成果を残してほしいと心から願っていますが、「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」のです*1。ご本人がその気にならなければ。