けさ、いつものようにジムへ行ったら、これまで長らく入り口に設置されていた体温測定用の機械がなくなっていました。このジムでは今週から、会話をしない場合はマスクを着用しなくていいというルールになったのですが、またまた脱コロナに向かって一歩前進ということで、なんだか清々しい気持ちになりました。
https://www.irasutoya.com/2020/07/blog-post_21.html
通常の風邪や流感と同じように、密な空間にいるときや自分の調子が悪いときはマスクをつけ、それ以外では外す。咳がひどいときや熱があるときはもちろん外出をとりやめる。そういう当たり前の暮らしに戻りつつあるわけです。みんながみんな、いつでもどこでもマスクに顔をうずめ、のべつまくなしに体温測定やアルコール消毒を繰り返すのではなく*1。
とはいえ、きょうもジムのトレーニングエリアで、マスクをしていない方は私を含めて2人ほどしかいませんでした。3年も続いたコロナ禍ですっかり定着した「常時マスク」の生活習慣を変えるのは容易ではないようです。いえ、私も去年に「もう必要なとき以外のマスクはしない」と決めてからしばらくは、色々なシチュエーションでマスクを外すのにかなり勇気が要ったので、お気持ちはよくわかります。徐々に慣れていくしかありませんし、逆にマスクをし続けたい方はそれでもよいのです。人それぞれです。
多くの方がなかなかマスクを外せないことについて、きのう読んだこちらの記事にはこう書かれていました。
「皆がしているから」という理由もかなり大きいだろう。というか、私は、それが実は一番大きいと思っている。「周りを見てからようやく自分も行動する」という日本人の特性は、調和を重視するという意味では美徳だが、時に非常に評判が悪く、すでに海外でも揶揄されるほどだ。ただ、残念ながら、普段の国民の生活を見ても、あるいは政治家の外交方針などでも、確かにその通りと思うことは多い。マスクに関しても、この特性が顕著に出ているようだ。
「いったい皆、誰に遠慮しているのだろう」という一文で締めくくられるこちらの文章、やや辛口ではありますが同感です。ただその一方で、周りを見て、つまり他人からの叱責が怖いという点で、マスクを外せない方も多いのではないかと思います。私もその一人でしたから。
でも、実際には誰も何も言ってこないんですよね。私が「強面(こわもて)」の男性だからってこともあるでしょうけど、いままでにマスク未着用を他人に咎められたことは一度もありません。「何か言われるかも」と感じていることそのものが、いわゆる同調圧力というやつなのだろうなと思います。
私はもともと、軽いアトピーがあることもあって、冬でもマスクをしたことはほとんどない人間でした。すぐに顔がむず痒くなってしまうからです。それでもコロナ禍の3年間、マスクを着用し続けてきたことで、とうとう慣れてしまいました。そう、慣れようと思えば慣れることはできます。
逆に「脱マスク」を始めたときは、オープンエアの環境ではすぐにはずすことができましたが、地下街など建物の下に入るとかなり人の目が気になり、なかなかはずせませんでした。それでも徐々にはずす範囲を広げていまに至っています。いまでは近距離で他人と話すとき以外はほとんどマスクをつけていません。これも慣れの問題です。
いまはまだ往来でマスクをはずすことに抵抗がある方も、少しずつ慣れていけばいいと思います。そしてもちろん、いろいろな理由でマスクを手放せない方に「なぜ、はずさない?」と迫るようなことだけは絶対にやるまいと思っています。
*1:ちなみにうちの職場(キャンパス)は、いまでも入り口をひとつにしぼり、機械による体温測定を継続しています。でもマスク未着用や体温が高くてエラーになった場合でも、誰も何も対応していません。ようするに形骸化しています。