インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

「誰もが自分と同じように行動すれば気持ちいい」か

毎朝通っているジムは比較的規模の大きな施設で、早朝から多くの方が運動されています。館内にはこういったジム特有のアップテンポな曲が流れており、加えて頻繁にアナウンスも流れてきます。スタジオプログラムの開始を知らせるアナウンスも多いですが、それにも増して多いのはマナーの遵守を呼びかけるアナウンスです。

「マシンや設備は譲り合って使いましょう」という定番のアナウンスは、日本語に加え、英語・中国語・韓国語でも流れます。またコロナ禍からこちらは、マスクの着用と会話の禁止を呼びかけるアナウンスが定期的に入るようになりました。さらに最近多いのはこんなアナウンスです。

ロッカールームやスパなど、マスクの着用ができないエリアでの会話は禁止させていただいておりますが、なかにはお守りいただけないケースもあり、たくさんお声をちょうだいしております。いま一度、ルールとマナーの徹底をお願い申し上げます。

文言は正確ではありませんが、概略こんな感じ。ロビーには投書箱みたいなものが置いてありますし、館内にはあちこちにスタッフを呼び出すためのブザーがあります。これだけ頻繁にアナウンスが流れるということは、相当数苦情が寄せられているのだろうと、そしてそれだけ行儀の悪い利用者が多いのだろうと想像します。

確かに、私自身が見かける範囲に限っても、マシンやトレーニング用のベンチをずっと占拠している方はときどき見かけます。このジムのルールでは、利用はひとり20分間までで、マシンの側に置いてあるプレートに開始時間と終了時間を書くようになっているのですが、書かないで使っている人もいれば、終了時間近くになると書き換えている(時間を延長している)人もいます。使い終わった後に備え付けのペーパータオルとアルコールスプレーでシートなどを拭かない人もいれば、大声で延々おしゃべりしている人もいます。


▲じゃんぽ〜る西『パリの迷い方』23ページ

以前は私もそういう人たちに対して少なからず憤慨していたのですが、いまはもう自分のトレーニングに専念というか「潜行」するような感じで気にしないようにしています。畢竟、どこの社会にもそうしたルールやマナーを守れない、行儀の悪い人間は一定数いるもので、しかも成人してもなお、そうした行儀の悪さが直らない、公徳心が発動しないというのは、これはもうつける薬はないと思うからです。不特定多数が利用する施設である以上、一定の割合でそういう人が出没するのは仕方がないのでしょう。

qianchong.hatenablog.com

かつて中国に住んでいたとき、列に「横入り」するオバサンを注意するも「私は前からここに並んでいた」と見え透いた嘘をつくのでさらに抗議したら、後ろに並んでいた年配の紳士に“管不了”だよ、と諭されたことがありました。「放っておきなさい」というような意味で、当時の私はなぜ不正を見逃すのかと憤慨したものですが、いまになって思います。あれは、そうした人間につける薬はまずないのだという諦念だったんじゃないかと。

もちろんいまだって不正を見逃すのはよくないとは思います。ただその是正は、個人レベルでできることとできないことがある。あるいは是正できるにしてもある程度の「歩留まり」というものがある。そう考えなければ、こちらが心を病むか、あるいは暴力という形に訴えるといった最悪の結果を招くかもしれません。誰もが自分と同じように行動すればそれは気持ちがいいでしょうけど、人間社会はそんなに単純ではありません。

……と、ここまで考えてふと思いました。世にある強権国家というものは、たぶんこうした個人レベルの「誰もが自分と同じように行動すれば気持ちいい」を究極にまで突き詰め、膨張させた結果、生まれるのかもしれないと。