インタプリタかなくぎ流

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龍角散の注意喚起広告が興味深い

今朝の新聞に、興味深い広告が載っていました。「第三類医薬品『龍角散ダイレクト』『龍角散』の大量購入及び中国への輸出に関する注意喚起」という広告です。一読、ああ、いわゆる「爆買い」によって、龍角散が品薄になっているのだなと分かりますが、私が興味深いと思ったのはその行為を誰が行っているのかについて、日本語としては特定しない書き方がなされていることです。

広告文の中から行為の主体を見つけるとすれば「転売目的の方や並行輸入業者」ということになるのですが、それが具体的にどんな人なのかについては注意深く言及が避けられています。それはそうですよね。そうした行為を行う人がどんな属性なのか、とりわけ国籍だの民族だのを特定した書き方をすれば、いわゆるヘイトスピーチに当たる可能性が生まれますから。

それでもこの広告には全文の中国語訳(それも中国大陸で使われている簡体字で)が付されています。日本国内で発行されている新聞の広告にわざわざこれを付すということはつまり、誰に向けているのかは明らかなわけですが、それでも明確な名指しは避けたという点に、株式会社龍角散さんの配慮というか気遣いというか、ご苦労を感じます。

龍角散さんとしては精一杯のところで、でもこれを新聞広告にして伝えないと大変なことになるという切迫した危機感も感じ取れて、なるほどドラッグストアなどでの現場では、さぞかし目に余るような行為が横行しているのだろうなあとの想像も働きました。う〜ん、基本的には自由経済のもと、どなたが何をどれだけ買おうともオーケーなわけですが、こういう人間の節度みたいなものに関わる領域はなかなか厄介です。

ところで、もう一つ興味深かったのは、日本語の広告文で「転売目的の方や並行輸入業者が日本国内で大量に購入し、中国に向けて輸出していること」と書かれている部分が、中国語訳では“以倒卖为目的以及水货商在日本国内大量采购,然后将其高价倒卖至中国”となっている点です。「中国に向けて輸出している」が“将其高价倒卖至中国(それを高値で中国に転売している)”となっていて、日本語にはない「高値」という言葉が挿入され、輸出ではなく「転売」という言葉が使われています。

これが龍角散さんの本音を表したものなのか、それとも翻訳者さんの心証なり義憤なりが織り込まれたものなのかは定かではありませんが、とかく日本語では曖昧に表現されるところを、中国語ではズバリそういう目的の転売が問題なんだよと述べているようで、両者の違いが興味深いなと思った次第です。

追記

広告の最後の部分にも日本語と中国語で違いがあります。日本語は「医薬品メーカーとして、適切なルートで製品を扱っていただきたく、正規ルートでの購入を強くお勧めします」となっていますが、中国語は“作为医药品厂商,我们强烈建议大家以合理合规的方式在正规渠道购买,并把产品留给有需要的人”で、最後に「この製品を必要とする人に譲ってあげてほしい」と付け加えられています。

日本語の標語やアナウンスがとかく「ご配慮をお願いします」的な曖昧な表現に終止するのに比べて、中国語など外語ではもっと直截に表現しないと伝わらない……と考えたのかしら。翻訳としてそれが正しいかどうかは議論のあるところだと思いますが、龍角散さんがこの広告で言いたかったのは結局そういうことですよね。極端な大量購入がなされてしまうと、日本国内の必要な人に届かなくなるからやめてほしいと。

そういう意味では、この広告の日本語と中国語のコントラストがとても興味深いと思った次第です。日本語はとても曖昧な(しかし、いかにも日本人的な)文言に終止しているなあと思いました。