インタプリタかなくぎ流

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「恋人を作る」のは語学上達の近道か

語学の、特に聞いて話す能力、まあ会話力と言ってもいいですけど、それを向上させるためには、その言語の母語話者の「恋人を作る」といい、などという説が世上流布されていますよね。私も留学しているときによく聞かされました。フィンランド語の以前の教科書にも、こんな会話が載っていました。

  • Muistatko, missä Jens asuu?
  • Kuka Jens?
  • Jes Hansen. Hän on tanskalainen opiskelija, joka opiskelee kemiaa täällä. Etkö sinä tiedä, kuka Jens Hansen on?
  • En. Miksi hän opiskelee kemiaa täällä eikä Tanskassa?
  • En tiedä. Hän asuu Helsingissä ja puhuu jo oikein hyvin suomea.
  • Ehkä hänellä on suomalainen tyttöystävä.
  • イェンスがどこに住んでるか覚えてる?
  • イェンスって誰?
  • イェンス・ハンセンだよ。デンマーク人の学生で、ここで化学を学んでるんだ。イェンス・ハンセンが誰だか知らないの?
  • うん。どうしてデンマークじゃなくてここで化学を学んでるの?
  • 知らないよ。彼はヘルシンキに住んでいて、とても上手なフィンランド語を話すんだ。
  • たぶんフィンランド人の彼女がいるんだね。

日常親しく会話をする(会話をしたくてたまらない)相手がいれば、その言語の会話力も急速に伸びそうな気がします。確かにそういう一面はあるでしょうけど、私はけっこう怪しいんじゃないかと思っています。それに「恋人を作る」っていうスタンスがそもそも相手を利用している感が強くて、ちょっと失礼な物言いだなとも思います。

私がいま担当している外国人留学生にも、日本語母語話者の恋人がいて、会話が上手だなあと思う人は何人もいます。でもよくよく聞いてみると、語学のレベルとしては(当然のことながら)千差万別です。仕事に使えるレベルだなと思える人もいれば、いつまでも「おしゃべり」レベルに甘んじている人もいる。

結局は恋人にせよ友達にせよ、その母語話者の相手とどういう会話をするかによりますよね。他愛ない短いやり取りばかりだと会話力も深まりにくいでしょうし(まあ一緒にいるだけで楽しいから、それはそれでいいんですけど)、かといって恋人同士で天下国家を論じる図ってのも想像しにくいです。

それに、こんなことを言うとミもフタもないのですが、母語話者にだってその母語のレベルというものがあります。さまざまなこと、複雑で抽象的なことまで言語化して相手に伝えることができるかどうかは、たとえ母語話者であっても、必ずしも誰もができるわけではありません。さらには、充実した会話が成立するためには、自分の中に「何を話すのか」という内実がなければなりません。自分の中に何もコンテンツがないのに、単に言語だけを「ペラペラ」と話しているという状態があったとしたら、かなりシュールです*1

結局は、恋人にとどまらず、いろいろな人と直接向き合って、いろいろな会話をするしかない。そんな平凡な結論に落ち着くんじゃないかと思います。


https://www.irasutoya.com/2017/04/blog-post_60.html

*1:まあ、中身のない話を延々することに長けているという方もいるかもしれませんけど。