インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

話し言葉で起こる省略

先日、ポストにこんなチラシが入っていました。近所にある24時間制ジムの広告です。コピーは「やっぱジム行こ」。ジムに通うということについて、そんな一大決心なんていらないんですよ、「ちょっとやってみようかな」程度の軽いノリで始めてみませんか……という口吻が伝わってきます。加えて、ジムに通う側の「少しくらい身体を動かしておかないといけないかな」というちょっとした決意みたいなものも。

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こういう「私はやはりジムに行こうと思います」から「やっぱジム行こ」というコピーが生成されるというの、日本語の非母語話者と日々接している立場からすると、とても興味深いです。留学生のみなさんから、これはどういうことなのかと聞かれたらどう説明しようかな、などと考えることができるからです。

しかも「私はやはりジムに行こうと思います」では、新規のお客さんにジムに通おうと思わせることはなかなか難しいですよね。なんでアンタが私の気持ちを代弁しているんだという感じで押し付けがましいし、あらたまりすぎていてジムへの敷居が高くなってしまうような。ここは「やっぱジム行こ」のほうがシンプルでかつお客さんの気持ちにもより近いという判断があるんでしょう。

どうしてこのジムのチラシのコピーにそんなに惹かれたかというと、先日フィンランド語のオンライン授業で、フィンランド語の話し言葉について先生が少し紹介してくださったからです。

私たち非母語話者が学んでいるのは標準的なフィンランド語であって、教科書に出てくるのはいずれもスタンダードな文章です。ときに話し言葉や書き言葉の違いはあり、多少くだけた言い方や省略も入っていますが、基本的には「折り目正しい」というか、まさに「教科書的」なフィンランド語です。

私個人は、非母語話者が目指すのはそういう標準的でスタンダードで折り目正しい教科書的なフィンランド語でいいと思っています。「私はやはりジムに行こうと思います」が正しく読めて、聞けて、書けて、言えればいいなと。「やっぱジム行こ」がより自然な、自分の気持ちにより近い言い方だから、そっちをこそ目指したいとは思いません。

言葉を省略したりくだけさせたりするのはスタンダードな言い方がベースにあるからこそで、しかもそれはできるようになった段階で必要があるならやればよく、最初から目指すものではないからです。ましてや、非母語話者がまだそこまで上達もしていないうちに「ネイティブっぽい」くだけた(ときに下卑た)言い方を使い回すのは正直みっともないからです。これはフィンランド語に限らず、自分がこれまで学んできた中国語でも英語でも同じだと思っています。

フィンランド語の先生は、学習の目標としてこんなことをおっしゃっていました。①まずは教科書の文章が正しく読める。②その正しい文章を音で聞いて分かる。③さらにはフィンランド語の話し言葉で聞いても分かる(話し言葉なので、それを文章として読むということは基本的にーースマホでチャットするときなどを除いてーーありません)。

いま私はまだ①の段階もおぼつかない状態ですが、将来的に②、そして③へと進んでいきたいものです。ただこの③、つまりフィンランド語の話し言葉がなかなかに難しそう。授業で先生がほんの少しだけ紹介してくださったのは、『Pelikaani Mies(ペリカンマン)』という映画の冒頭シーンでした。私は全然知らなかったのですが、日本でも公開されたことがあるようですね。

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https://www.arthousecinemaniagara.fi/fi/elokuvat/arkisto/pelikaanimies

先生によると、フィンランド語の話し言葉では、かなりの「省略」が行われるそうです。例えば……

Minä käyn hakemassa hänet.
彼を連れてくるね。

Mä käyn hakemassa sen.


Minä selitän sinulle sitten joskus, kun sinä olet vähän isompi.
いつかお前がもう少し大きくなったら説明するよ。

Mä selitän sille sitten joskus, kun sä oot vähän isompi.

なるほど、人称代名詞などを中心にけっこう省略されちゃうんですね。これを聞いて分かるのが③の段階だと。上述したように非母語話者である私が自ら話さないまでも、相手が言っているのは聞き取れなければいけないわけです。これはまたかなり遠い道のりになりそうです。でも先々が楽しみでもあります。