インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

ボマーマフィアと東京大空襲

戦争における爆撃、とくに航空機から行われる空爆といえば、私たちは写真や映像などでこんなビジュアルを想起します。

https://www.ac-illust.com/main/search_result.php?word=%E7%A9%BA%E7%88%86

これだと、まるでひとつひとつの爆弾が垂直に落下しているように見えますが、実際にはそうなりませんよね。高速で飛行している航空機から投下された爆弾は、放物線を描いて落ちていくはずです。となれば、もし何かを目標にして爆撃をする場合、その物理的な軌跡をあらかじめ計算しておく必要があります。

現代の最新兵器では、さまざまな技術を用いて目標に対して正確な爆撃が行えるようになっているようです。GPSなどを利用したり、遠隔操作のような方法を用いたりしたミサイルの誘導もそうですし、さらにはドローン兵器のようなもので目標のさらに詳細な位置に照準を合わせて、人間単位で攻撃するなどということも行えるようになっているとか。なんともおぞましいことではありますが。

でも第二次世界大戦当時は、まだそんな技術が確立されていませんでした。そんななか、白昼に目標を見定め、対空砲火などの届かない高高度から、目標に対してのみ爆撃を行うという「精密爆撃」を可能にする爆撃照準器を開発した人物がいました。カール・ノルデン氏。そのノルデン氏から書き起こして東京大空襲にいたるまでの歴史をまとめた、マルコム・グラッドウェル氏の本を読みました。『ボマーマフィアと東京大空襲』です。


ボマーマフィアと東京大空襲 精密爆撃の理想はなぜ潰えたか

ノルデン氏がたった一人で開発したノルデン爆撃照準器は「戦争のあり方を一変させる」と言われました。「上空9000メートルから漬物樽に爆弾を落とせる」というこの照準器で、敵にとってクリティカルな施設のみを攻撃することができれば、自軍の兵士を危険にさらすこともなく、都市全体を破壊することもなく、「ほとんど無血」で戦争を終わらせることができると。

こうした精密爆撃を、日本本土爆撃に用いようとしたのがヘイウッド・ハンセル准将でした。ところがB29爆撃機がかろうじて日本本土との往復可能な地点にあるマリアナ基地がまだ十分に整備されておらず、さらに天候不順なども重なって「成果」を上げることができず、のちに低高度からの大規模爆撃を実行するカーティス・ルメイ少将と交替させられます。

そしてルメイの指揮のもと、1945年3月10日の東京大空襲をはじめ日本各地の大規模な空爆が行われ、膨大な死傷者を生み、原爆投下、日本の降伏へとつながっていきます。大規模な空爆では、より長く燃焼することで家屋への被害を高めるために開発された可燃性ゲル「ナパーム」が使用され、それはのちにベトナム戦争などでも用いられるのでした。

原爆投下の際と同じB29で行われた東京大空襲について、これまで私は原爆投下ほどには関心を払ってきませんでした。もう何十年も東京に住んでいるというのに。この本でも紹介されている東京大空襲・戦災資料センターにも行ったことはありません。死者の多さでことの軽重を云々するのは不謹慎ですが、東京大空襲でも10万人を超える市井の人々が犠牲になったと言われています。もっと関心を持つべきだったと、この本に教えられながら思いました。

訳者(櫻井祐子氏)あとがきによれば、この本はハンセルとルメイという二人の軍人を対比を際立てて語っているがゆえに「史実のつまみ食いや都合のよい解釈、強弁が散見されるという批判」がアメリカであるそうです。

確かに分かりやすい対照的な人物の対比ではあります。また当時とは比べものにならないほど精密な爆撃が可能になっている現代においても「ほとんど無血」で行われる戦争はなく、ウクライナ侵攻ひとつとっても大規模な破壊がいまなお行われているのを見ると(ロシア軍が旧態依然なのかもしれませんが)、どこまで本質を突いているのかについては留保をつけたくなります。

それでも、アメリカのB29による日本本土爆撃が、自分が想像していたよりもギリギリの状態でかろうじて行われていたこと、当時の歴史状況で東京をはじめとする大空襲「ではない」方法での戦略があり得たのだろうかということ、事そこに至らしめてしまった当時の日本のありよう、さまざまなことをこの本を読みながら知り、考えました。

さらにはロンドンの帝国戦争博物館・ワシントンのベトナム戦争戦没者慰霊碑・エルサレルムのホロコースト記念館といった、著者のマルコム・グラッドウェル氏いわく「世界的建築家の手がけた、重厚で印象的な建造物」に比して(広島平和記念資料館もそうですよね)、東京の東京大空襲・戦災資料センターがまるで「医療事務所のような建物」(しかも民間の運営です)であるという事実にも、いろいろなことを考えさせられました。

次の休みに、ぜひ訪れてみたいと思っています。

tokyo-sensai.net