インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

TOKYO REDUX 下山迷宮

下山事件といえば、戦後間もない1949年に起こった、初代国鉄総裁の下山定則氏が失踪後轢死体で発見された事件として有名です。折しも国鉄職員に対する大量の人員整理案が問題となっていた時期で、GHQと日本政府、それに当時勢いを増していた左翼勢力との駆け引きが絡んで、謀略説・自殺説などさまざまな憶測を呼びながらも結局迷宮入りしてしまいます。その後立て続けに国鉄関連で起こった三鷹事件松川事件とともに、その概要や真相の推定について多くの著作で論じられてきました。

もうずいぶん前になりますが、私は松本清張氏の『日本の黒い霧』で下山事件のことを知りました。その中で推理されている事件の「真相」についてはとても説得力があるのですが、この『日本の黒い霧』をはじめとした下山事件関連本ほか、膨大な日本語の資料の(英訳版)を元に10年の歳月をかけて書かれたというデイヴィッド・ピース氏の『TOKYO REDUX 下山迷宮』を読みました。

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TOKYO REDUX 下山迷宮

現実の事件に取材したとはいえ、これはルポルタージュではなくミステリーあるいは犯罪小説ですから、ネタバレになりそうなことは一切書けません。が、版元で公表されている範囲にとどめて書けば、下山事件発生当時だけでなく、1964年の東京五輪前夜、さらには1989年の昭和終焉時にも時空が飛ぶ、ものすごい展開になっています。しかも「ノワール」と言えばこれほどノワールな小説もないといえそうなほど「闇に闇を重ね、黒に黒を塗り重ね(訳者あとがきから)」た本作。これを日本語にした黒原敏行氏の訳業にも敬服します。

台詞を示すカギ括弧がほとんど使われないなど、文体も独特です。その文学的技巧の濃密さゆえ、読後の疲労感が半端ではありません。しばらく魘(うな←このおどろおろどしい漢字が正にうってつけ)されそうです。