インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

香港の人と北京語で話す

よく利用している近所のコワーキングスペースに、時々香港の方が見えます。現在一時的に日本在住とのこと。スペースのオーナーさんがその方とスペースの使い方について細かい話をする時に、おたがいに英語だと隔靴掻痒な感じなので、私が間に入って中国語(北京語)でお手伝いしたことがあり、それで顔見知りになったのです。香港の方はふつう広東語が母語ですが、北京語も話せるという方がけっこういます。

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https://www.irasutoya.com/2014/11/blog-post_81.html

その方は日本語がまだ上手ではないと言っていました。一方こちらは広東語が話せないので、北京語でお話ししたわけです。オーナーの説明が終わったあとも、しばらく他愛ないおしゃべりをしてその日は終わりました。その後も何度かお目にかかることがあって、そんな折には「最近どうですか」みたいな感じで北京語の会話をしていたのですが、そのたびに私は、うまく言えないのですが、なんとなく「よそよそしいもの」を感じていました。

そう、どうもその香港の方からは、こちらを警戒しているような感じが伝わってくるのです。もちろんこれは私がそう感じたというだけで、まったくの思い過ごしかもしれません。それに、あちらも流暢とはいえ北京語は母語である広東語ほど自由にのびのび自分の気持ちを表せないので、いきおいやや生硬な感じになっているだけなのかもしれません。でも、どこか一歩身を引いて相対されている感じがするのです。

もうずいぶん昔のことですが、香港へ観光で行って、北京語で買い物をしていたら露骨に無視された思い出がよみがえってきました。やっぱり香港の方にとって、北京語話者というのはそういう、やや身構えさせるところがあるような存在なんでしょうか。加えて私は風体もちょっと「いかつい」ので、その点でも不信感を持たれるのかもしれません。が、それ以上に北京語を操るこいつ(私)が、その背景にどんなものがある人物なのか見極めきれないというのが、その「身構え」のベースにあるのかもしれないと思ったのでした。

ご案内の通り、現在香港の政治状況は非常に緊迫しており、部外者の立場で物申すのは大変僭越ながら、中華人民共和国政府のありように懐疑的な香港の人々にとっては特に残念な状況に陥っています。香港がそういう状態に傾斜してきたここ数年間、実は私の仕事の周辺でも、香港の人々と接する機会がここ数年、以前とはかなり違う頻度で増えてきました。

なんとも回りくどい表現ですね。でも私は私と接しているその一人一人に無用の害が及ぶことを極端に心配する者ですから、具体的なことは何も書きませんし、書けません。ただ、香港がいま「ああいうふう」になっていることで、当面は香港現地ではなく、別のところに自分の居場所を見つけ、当座の暮らしを立てて行こうとされている人が多くなっているのかなあと、私のような人間でも如実に感じることができるようになってきたのです。

コワーキングスペースで偶然知り合ったあの香港の方も、ひょっとするとそういう背景から一時的に日本に滞在されているのかもしれません。どんなお仕事をされているのか、どういう状況で日本に来られたのかは知りませんし、聞いてもいませんが(聞けばますます身構えられるでしょうし)。

つい最近も行政長官を決める選挙委員の選出で民主派の委員がほぼゼロになったという報道に接したところです。
www.nikkei.com
香港の今後は、いまの状況に疑問と憤りを感じている立場の人々にとっては、ますます不本意な方向に推移していくだろうことが想像できます。そんな中で、私は少しでもそういう人々に寄り添いたいとは思っているのですが、軽率かつ不用意に関われば、かえって迷惑をかけるかもしれない……私のような者でも「業界」の末端につながっている以上、そこは慎重でなければならないと思っています。

「その方」とはまたコワーキングスペースでお目にかかることもあるでしょう。機会があれば、もっと私自身の考えをその方に伝えてもいいのかもしれません。でもそんな「積極性」がさらに相手を身構えさせてしまうかもしれません。要らぬ気遣いかもしれませんが、まだどう接していいものか、いまひとつよくわからないのです。