インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

結局、ウナギは食べていいのか問題

土用の丑の日」というのがありますね。つい最近も7月の末にありました。近所のスーパーではその前の週あたりから「ウナギの蒲焼」に関するPOPが登場し、当日前後は蒲焼きの屋台が出るだの、どこどこ県産のブランドウナギが入荷するだのといった宣伝が行われていました。そして当日、鮮魚売り場には大量のうなぎの蒲焼が並び、店内放送でも客の購買意欲をもり立てるような紹介が繰り返し行われていました。

私自身はもうこの数年、ウナギに手を出していません。それはニホンウナギを始めとするウナギの生態が危機的な状況に陥っていることを知ったからであり(すでに国際自然保護連合によって絶滅危惧種に区分されています)、またウナギの捕獲や流通において、かなりダークな業界のありようを知るようになってきたからです。

しかしながらそれらの知識は、新聞やSNSなどで断片的に見聞きしたものばかりで、実際のところはどうなのかという詳細まではよく理解していませんでした。もとよりウナギは高価なので、うちの家計に見合った支出ではないとほとんど食指が動かなかったということもあります。

それでも今年の土用の丑の日に、近所のスーパーの鮮魚売り場で、普段の販売ケースの大半を特売用に動員して大々的にウナギの蒲焼が売られているのを見た時、なんだか得も言われぬモヤモヤとした「嫌悪感」みたいなものがこみ上げてきました。これは牽強付会かもしれませんけど、コロナ下に五輪を強行して、それまでとは打って変わった様子で拍手喝采を送っている多くの人々を見ているという今現在の「嫌悪感」とどこかでリンクしたような気がしたのです。

でも、先日も書きましたけど、周囲の人々が「衆愚」に見えだしたら個人的には要注意だと思っています。世の中そんなに単純じゃないはず。だったらこのウナギに群がる人々への嫌悪感についてももう少し冷静に分析が必要かもしれないと思ってネットを検索すると……もう本当に「どんぴしゃり」の情報(Twitterのツイート)と書籍を見つけました。なぜ今まで知ろうとしなかったのかと己の不明を恥じました。まずそのツイートはこちらです。

そしてこのツイートの動画で紹介されていた書籍がこちら。もう、そのまんまズバリのタイトルです。しかも帯の惹句は「そのモヤモヤにお答えします」。これは買って読むしかありません。

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結局,ウナギは食べていいのか問題 (岩波科学ライブラリー)

買って一気に読み終えました。内容としては上掲の「WoWキツネザル🦸🏻‍♂️🌍🦸🏻‍♀️」氏が簡潔にまとめてくださっているトークでほぼ網羅されているのですが、より詳しい政治的社会的背景と詳細なデータが載せられており、さらには流通の最下流にいる私たち消費者が取るべき・取ることのできる行動についても明確な提言がなされています。少なくともウナギをめぐる現状が決して「持続可能」な状態にはない、というか持続可能であるかどうかを検証することさえ事実上棚上げに近い形なのだということがよくわかります。

行政と政治の役割についても「忖度」のない意見が表明されています。特にこの一節。

水産行政の科学的知識の欠落は、科学的な知見に基づいて問題を解決しようとする姿勢が欠けている、という根本的な問題も関係している可能性がありますが、おそらくは主に、人員というリソースの不足によるものでしょう。人員が十分にそろっていなければ、科学的な知識や他国における保全の動きを把握することは不可能です。(中略)行政がウナギの問題に正面から取り組むためには、予算や人員、法令の整備といったリソースの提供が欠かせません。これを提供できるのは、政治です。つまり、ウナギ問題の解決には政治の力が欠かせないのです。そもそもウナギの問題は、漁業管理、生息環境の回復、密猟や密売など違法行為の監視といった、多様な要素を含んでおり、水産行政が対応可能な範囲を超えていることは明らかです。(98〜99ページ)

今時のコロナ禍への対応や五輪の強行にも通底する行政や政治の機能不全が、ウナギ問題にも現れていることが分かります。そしてそんな行政、ひいては政治を変えるのはやはり私たちひとりひとりであることは間違いありません。筆者の海部健三氏は、こう書かれています。

日本は民主主義国家であり、議会選挙や首長選挙における投票によって、有権者は自らの意思を表示することができます。しかし「ウナギの保全と持続的利用」が選挙の争点になることは考えにくく、選挙を通じてウナギ問題を解決に向かわせることは困難でしょう。(中略)より手軽な方法としては、新聞やインターネットの記事を読むこと、SNSで興味のある記事を紹介することなどが考えられます。例えば、シラスウナギの違法な流通の問題を報じる記事へのアクセス数の増大や、SNSによる拡散が発端となり、最終的に立法府、行政府における当該問題の優先順位が上昇する、というケースも想定できます。ウナギに関する情報により多く触れ、それぞれの立場で考え、多くの人々と共有することが重要です。(104ページ)

う〜ん、迂遠すぎるほど迂遠なようですけれど、結局はそこから始めるしかなさそうです。とりあえず私個人としては、こうやってブログに書くことでその一歩を踏み出そうと思いました。それともうひとつ、ここまで知ってしまった以上、やはり「土用の丑の日」の大騒ぎにはこれまで同様、乗っかることはとてもできないです。