インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

裏表がありすぎて疲れる

職場の前学長が亡くなったのですが、葬儀自体はご家族で密葬とのことで、別途学内のホールで「お別れの会」が開かれました。私はその時間に授業があるため参列しませんでしたが、参列した同僚によると「平服でお越しください」という指示にも関わらず、ほとんどの人が黒一色だったそうです。ああ、こういうところが日本人だなあと思います。

もちろん亡くなった方を悼んでの行動ですから、そのこと自体を揶揄する気はありませんが、こういうのが外国の方には一番理解しにくいところじゃないでしょうか。以前の職場で中国人の同僚がよく私に「日本は“潛規則”が多すぎて、そのたびにメンタル病む。もっとはっきり言ってほしい」とこぼしていました。“潛規則”というのは「かくれた規則」「暗黙の了解」といったような意味の中国語です。

私だって「大人の事情」が分からないわけじゃありません。こうした「お別れの会」だったら平服でと言われてもまあスーツにネクタイくらいは締めて行こうとか、カジュアルでもせめて暗い色の服を着ようくらいの配慮は働かせると思います。通夜や告別式に参加するとなると、これはもう黒の礼服一択かもしれません。

ただ、だったら「平服で」という指示など出さない方がいいと思います。青臭いと言われるかもしれないけれど、私は日本人の、こういう裏表があるところは嫌いです。むかし私の周囲にいた左翼運動の人たちが、ふだんから「陋習の打破!」とか「形式的な伝統主義に反対!」とか言っていたくせに、いざお葬式とかになると黒一色でしんみりしてたりして、何だか裏切られたような気持ちになったことを思い出しました。

Twitterでそんなことをつぶやいたら、こういうツイートが来ました。これが素直でフラットな感覚じゃないでしょうか。私は自分も能楽などを趣味にしていたりして、しきたりや形式を尊ぶ文化も否定しませんけど、少なくとも日常生活の範囲では、もっと裏表の差をなくしていくべきじゃないかと考えます。

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https://www.irasutoya.com/2015/11/blog-post_512.html