インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

池波正太郎氏の『男の作法』

人に勧められて読みました。「鬼平犯科帳」や「剣客商売」など膨大な著作で知られる氏が、若い編集者に語り下ろす形で書かれた男性の生き方指南書、といった体の一冊です。寿司や蕎麦、天麩羅の食べ方から仕事論や人生論まで幅広く語っていて、なるほど、と思う部分も数多くありました。……が、今の時代からこの本を眺めると、やはりその考え方の「古さ」にはついて行けない部分が多々あります。

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男の作法(新潮文庫)

これが時代の差というものなのでしょう。人は誰しもその時代の価値観からかなりの程度逃れられないものだと思いますから、これはいかに池波正太郎氏であってもしかたのないことです。しかし奥付をみると現代でもこの本は売れ続けているようです(私も人に勧められて買って読んだくらいですからね)。私の買った文庫版は昨年の増刷で、なんと百刷目になっていました。ふええ。

帯の惹句には「朝日新聞紹介で大反響」とか、某作家氏の「“男ぶり”を磨き上げるための上司必読の書だ」という文字もあります。ということはたぶん、現代の日本社会でもこの本を読んで心底感動し、日々その「男の作法」を実践しようとされている方がかなりの数いらっしゃるということですね。

私がこの本で一番違和感を覚えたのは、なんといっても女性に対する考え方です。もちろん単純な女性蔑視でもなければミソジニーでもないのですが、やはりここに書かれた女性観はいくらなんでも現代に持ち込むことはできないでしょう。でも、ちょっと小声で言いますけど、私の周囲を見回してみるに、池波氏の女性観そのまま、とまでは言わないまでも、かなり近いところにいる男性諸氏はそう珍しくはありません。きわめて残念かつ憤ろしいことではありますが。

ネットで検索してみると、池波正太郎氏は1923年のお生まれです。その時代に生まれた方の女性観がおおむねこういった価値観で染まっていたのだとしたら……とつらつら考えていて、そういえば、と気づきました。現代でも旧態依然とした女性観・人間観を開陳して非難囂々、ネットでも大炎上というジイサンたちは跡を絶ちませんが、そういったジイサンたち、例えばいまの副総理氏とか、東京五輪組織委員会の前会長氏とかが、だいたい80歳代前半ということで1930年代から40年代の生まれ。池波氏と十数年から二十年ほどしか違いません。

なるほど、それくらいの差だと、女性観や人間観、世界観にもあまり大差はないのかなと変に納得した次第です。もっともどれだけ歳を取っても自分の思想を不断にアップデートしている方はいますから、そういう時代だったから仕方がないよねと弁護する気はまったくないんですけどね。

そして、この本の「はじめに」に書かれていた「昭和五十六年」という年を見て、またまた気づきました。昭和五十六年は1981年。池波氏が1923年のお生まれだとすると、この本は58歳の時に書かれたんですね。私とほとんど同じ歳じゃん! おお、もっと年寄りのジイサンが話しているというイメージで読んでいました。というか、私も世間的には立派にジイサンの歳になっているというのが正しいのか……。池波氏とそのファンの方々には申し訳ないのですが、この本は「自分が育ってきた時代の価値観をいかに客観的に見据えて、改めるべきはすぐに改めるか」ということの大切さを教えてくれる反面教師のような本として私には読めました。

ただ、池波氏の名誉のために申し添えておきますと、氏もそうしたあるべき謙虚さ、自らを虚心坦懐に見つめることの大切さについてはこの本で繰り返し述べられています。最後に私が付箋を貼った部分を自分への戒めとして引用しておこうと思います。

(旅をすることの効用について)何の利害関係もない第三者の目に映った自分を見て、普段なかなか自分自身ではわからないことを教えられる、それが旅へ出る意味の一つですよ。(27ページ)

根本は何かというと、てめえだけの考えで生きていたんじゃ駄目だということです。多勢の人間で世の中は成り立っていて、自分も世の中から恩恵を享けているんだから、「自分も世の中に出来る限りは、むくいなくてはならない……」と。(138ページ)

(書店で商品の写真集を雑に扱うカメラマンに対して)こういうのは結局、カメラマンとしても大成しないですよ。自分本位でしょう。カメラマンだから自分本位で結構だけど、こういうのはやっぱり、神経のまわりがそれだけ鈍いわけだから、いい写真も撮れないと思うよ。(145ページ)

人間というのは自分のことがわからないんだよ、あんまり。そのかわり他人のことはわかるんですよ、第三者の眼から見ているから。だから、「君、こうしたらいいんじゃないか……」とか、「君、あれはよくないぜ……」とか、言うだろう。それは傍から見るとわかるんだよ。だけどそのときに、「何だ、お前にそんなことを言う資格があるか、お前だってこうじゃないか……」と言ったらおしまいになるんだよ。だから、言ってくれたときは、(なるほど、そうかもしれない……)というふうに思わないとね。ぼくなんかもなかなか出来ないことだけどね。(155ページ)