インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

デオドラントされたキャンパス

Amazonのブックレビューはなるべく読まないようにしているんですけど、新聞の書評欄は必ず読みます。評者の質の高い文章が読めますし、普段の自分の興味がおもむく範囲では絶対に巡り合うことはないような本を発見することができるからです。書評欄は各紙によって違いはありますが、概ね見開きの二面を使って毎回十冊程度の本が紹介されています。いわゆる「文化欄」の記事として考えると、一冊の本にこれだけの紙面を割いてくれるというのは「読み物」としてもとても贅沢なんじゃないかなと思います。

書評欄が悩ましいのは、載っている本を片っ端から買いたくなってしまうことです。しかも紹介されているのは新刊書が多いから、Amazonマーケットプレイスなどでもまだ値段が下がっておらず、図書館にも入っておらず、結局かなりな出費を覚悟しなければなりません。世上、本を読むことは自分への投資だ、あとあと自分の人生の糧になることを考えたらこんなに安い買い物はない、と識者の方々がおっしゃっています。私もその通りだとは思うのですが、それでも
結構な出費であることは(私の収入レベルでは)否めません。

昨日も東京新聞の書評欄で興味深い本ばかり紹介されていて、そのうちの何冊かをAmazonで注文してしまいました。なかでも岡田憲治氏による、栗原康氏の『奨学金なんかこわくない!: 『学生に賃金を』完全版』評にあった記述に興味を惹かれました。

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大学の「常勤・非常勤」に関するくだりもまさに身につまされる話題で興味深いのですが、これはまだ未読なので脇に置くとして、興味を惹かれたのは「『デオドラント』された大学」という表現です。なるほど、今の大学のキャンパスはとても清潔ですよね。「タテカンもビラもない」というの、たしかにそのとおりだなと思います。私が大学に通っていた時期は、学生運動の時代からはずっと下っていましたし、世はバブル景気に向かって急坂を登り続けていましたが、それでも学内にはまだその「残滓」が感じられました。タテカンは私も作りましたし(と言っても政治的な主張ではなく、サークルの広告ですが)、岡田氏の書かれているような「部外者すら含む若者が勝手な時と場で溜まり過ごす風景」があちこちに見られ、「そんなに安易に社会と有効する存在ではなかった」ように思います。

いま私が奉職している学校も大学のキャンパス内にありますが、そこを行き交う学生さんたちは限りなく「清潔」です。特にファッション系や芸術系の学部が多いので、思わず目を引く出で立ちの学生さんも多い。かつて私が学んだ大学も芸術系で、それこそ毎日が奇抜なファッションショーのようなキャンパスでしたが、あのときのキャンパスはなにか「不穏」なものが渦巻いていたように思います。でも現代のファッショナブルな学生さんたちにはそういう不穏かつ不健康な空気はあまり感じません。それが時代のせいなのか、それとも単に自分が中高年になって若い人たちの感覚から乖離しかけているからなのかは分かりませんが。

……と、先日仕事を終えて駐輪場に向かうべく(いまは自転車通勤なのです)キャンパス内を歩いていたら、広場のベンチでタバコを吸っている男女二人組の学生さんに出くわしました。中国語でおしゃべりしながらタバコを吸っており、足元には何本か踏み潰された吸い殻が散らばっています。うちの学校は今年四月一日からの東京都受動喫煙防止条例と改正健康増進法の全面施行によってキャンパス全域が禁煙になっており、加えて新型コロナウイルス感染症の拡大で「三密」を避ける目的から、喫煙所も閉鎖されています。実質的にキャンパス内ではタバコが吸えない状況になっているため、この学生さんたちはこっそり吸っていたというわけですね。

というわけで同情するところもあるのですが、教職員はこういった場合注意をするように学校側から求められていて、仕方がないので私は声をかけました。しかも学生さんたちが座っているベンチのすぐ横には「学内禁煙」と大書された看板が立っているのです。これはちょいとふざけた態度ではありませんか。私の注意に渋々吸い殻を足でもみ消す二人。私が「それも片付けてください」と言うと、不服そうに無言でかき集め、去っていきました。北方系の中国語を話していたので留学生だと思います(うちの学校は千人単位で中国語圏の留学生がいます)が、よそ様の国に来てそのルール違反はあまり感心しませんね。“入鄉隨俗(郷に入っては郷に従え)”を教えてくれたのはあなた達のご先祖さまですよ。

qianchong.hatenablog.com

しかも何より「美」を追求すべきファッション関係の学問を学ぶ学生さんが、吸い殻を足でもみ消したまま放置して平気というのも感性やセンスを疑います。みなさんの先輩には「タバコはかっこいい」という時代錯誤を吹聴する山本耀司氏のような「悪い大人」もいますけど、真似しちゃだめですよ。

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そんなことがあった先週。しかし、そのあと上述した岡田氏の書評を読んで、おお、これが「デオドラント」されたキャンパスのありようであり、私もその強化に日々邁進しているのだなと思ってしばし考え込みました。確かにかつてのキャンパスは喫煙も飲酒もそこここで行われており(私も広場の中央で酒盛りしたことがあります)、縦感やビラや、部外者なのかどうかよくわからない人たちが行き交う多少なりとも猥雑な空間でした。それが良かったのかどうか、そしてそこに戻りたいのかどうかと自問すれば答えは多分「否」なんですけど。

現代のキャンパスに「役に立たないことをしながら、じっくりものを考える」空気があるのかどうか。本が届いたら、この書評を傍らに置きつつ読みたいと思います。