インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

Twitter内外の温度差

東京五輪をめぐるドタバタが連日のように話題に上っています。私は近代五輪はすでにその役割を終えたと考えているので、いまのような状況下ではもちろん、平時であっても金輪際五輪を行うことに反対ですが、Twitterではこんなリプライ(リツイート)をもらいました。


なるほど、「Twitter内外の温度差」と。それは確かに「大あり」ですね。私が以前のようにTwitterFacebookなどのSNSにのめり込まないようになったのは、時間をどんどん取られるからという理由も大きいですが、それ以外に「世の中の動きをSNSの中だけで感じているのはよくない」と思ったからです。

当たり前のことですが、世の中にはTwitterなどのSNSをやっていない人の方が多いです。Twitter社は2017年以降アカウント数に関する発表を行っていないそうで、詳しいことは分かりませんが、MAU数(月間アクティブユーザー数)はいま現在でだいたい4500万人ほどいるとか。けっこう多いと思うかもしれませんが、これは有権者数の四割ほどです。それに、文字通り私的なことを「つぶや」いているだけという方も多く、政治や経済や社会の問題に対して積極的かつ具体的に発信している方ばかりではありません。私の家族だって、誰ひとりTwitterをやっていません。

加えて、Twitterのタイムラインは、自分がフォローした人やその人の考えに連なる人のツイートが圧倒的に多いので、ついつい世の中の大きな流れがここにあると勘違いしてしまいます。実際には、上掲のリツイートで指摘されているように、かなり温度差があるんでしょうね。

f:id:QianChong:20210510101109p:plain
https://www.irasutoya.com/2018/04/blog-post_33.html

私の職場の同僚も、誰ひとりTwitterをやっていません(匿名でやっている人や、鍵アカの人がいるかもしれませんが)。そして、雑談から判断する限り、今次の五輪については私同様に「とんでもない」「もってのほか」と思っている人が多いようですが、それでももう少し細かいところに分け入ってみると、アスリートのありようであったり、為政者の施策であったりにはずいぶんと意見に温度差があるように感じます。ましてや世間全体のスケールで見てみれば、もっと多様な温度差、つまり意見の差があるはず。

Twitterに代表されるSNSは、権力も何もない一般の私たちが社会に向かって主張できる大切なルートではあるけれど、そしてそれらがなかった昔に比べればずっと進歩したのではないかと思うけれど、だからといって過度な幻想を抱いてはいけないと思いました。ここ数日の菅首相の会見や答弁を聞いても、目を覆いたくなるような醜態がさらされていて、Twitterでは大炎上していますが、それでも下がったとはいえ政権支持率はそこそこあり、支持政党は自民党が圧倒的で、選挙になっても投票に行かない有権者の方が多い。それが私たちの国の現状です。

東京五輪に関しては、その当初から「ネットと世論の乖離」が様々な方面から指摘されてきました。こちら↓はもう六年も前の記事ですが、いまでも傾聴に値すると思います。

news.yahoo.co.jp