インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

遺言未満、

紙の新聞って、すっかりお年寄り向けのメディアになっちゃいました。いつも職場の図書館で新聞各紙を読んでいるのですが、まずそこに載っている広告の、ほとんどが中高年やお年寄り向けだなあと思います。そして気がついてみれば基本的な事実を述べる記事(基本的な事実さえ述べない大手メディアも多いですが、ここでは触れないこととして)以外の文化欄や家庭欄などは、すでにして若い人が読むことをほとんど想定されていない記事ばかりです。

日経だけは現役のビジネスパーソンも多く読んでいるからか、ちょっと記事や広告の毛色が違いますが、それでも紙面から、お若い人が積極的に読みそうな気配は伝わってきません。それに、かつて台湾に住んだときに強く感じたのですが、日本の紙の新聞って、とてもシンプルというか地味な作りなんですよね。台湾の大手各紙は表紙も中身も色刷りが多く、ビジュアルに訴える割合が随分高いように感じたものでした。

それはさておき、紙の新聞で毎週楽しみにしているのは「書評欄」です。大手各紙の書評欄を読んでいると、読みたい本が次々に出てきて困るのですが、書籍にだけはあまりケチらしないようにしています。それでも新聞の書評欄だけで本を選んでいると、やはり中高年の読者を想定した本、あるいは中高年の心により響く内容の本に偏ってしまうような気がしています。

もちろんいい本はどの年代の方が読んでも心に響くものですが、なにせ選ぶこちら側もすでに中高年なのです。中高年向けの新聞で、中高年の読者の心に響く本を多く紹介している読書欄を読んで、中高年の私が選ぶのですから、どうしたって「そういう本」ばかり発注することになる。そしてまた、そういう本がやけに心にしみてくるから困ったものです。

椎名誠氏の『遺言未満、』も、新聞の書評欄で知って読んだ本でした。私は氏がお若い頃からの活躍を雑誌や本で読んできた世代です。ただ個人的には、氏が世界中の大自然を相手に繰り広げてきた元気いっぱいの冒険譚をやや斜に構えて読んでいたところがあり、特に氏と氏の仲間たちの間で繰り広げられるホモソーシャルな関係性にはちょっと苦手意識を持っていました。

この『遺言未満、』にも、そんなホモソーシャルな関係性の一端が顔を出します。けれども、70歳代半ばに達した氏の文体は、わずかに往時の「昭和軽薄体」が感じられるものの、以前よりずっと穏やかで円やかなものになっていました。そして自らの老いと死をどう受け入れ、最後にどうしたいのかについての考察には共感する部分がたくさんありました。

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遺言未満、

世界中を旅してきた椎名氏だけに、世界中の異なる文化や宗教のもとでの「葬送」の方法について紹介し、考察が加えられています。日本で一番ポピュラーである、カロウト式(墓石の下の骨箱に遺骨を納める方式)の墓に眠るのはイヤだというの、私も全く同じ気持ちなので特に共感を覚えました。

世界の葬送を俯瞰してみれば、この日本式の葬送が決して普通ではない、いや、もっとありていに言ってしまえばあまり根拠のない、その意味では本当に個人の供養になっているのかも疑わしい、そして何より死んでいく自分自身にとってもとても理想的と言えるものではない……ということごとが分かってきます。

いろいろな葬送の方法とその死生観の中で、私はチベットの鳥葬に惹かれました。もちろん鳥葬そのものはそのビジュアルを想像するだけで少々たじろぎますが、その背後にある死生観には惹かれます。椎名氏のお連れ合いが実際にチベットで鳥葬に立ち会ったことがあるそうで、そのあらましが紹介されているのですが……

 読経のなか、三人の遺体は一時間もたたないうちにあとかたもなくたいらげられてしまった。獲物がなくなるとハゲワシらはさっさと空の彼方に飛んでいってしまう。あとには骨の一片すらのこらない。(中略)弔いの期間に故人を偲ぶ品物、日記のたぐい、写真、大切にしていたものなどはすべて廃棄、焼かれてしまう。この世に生きていた痕跡をそっくり無くしてしまうのだ。「転生」のためだという。これは徹底していて家族で写した写真などは故人の顔だけ丸く切り取ってしまう。
 これには驚いたが、その人の死というものをこの世からすっかり消してしまうから、いろいろさっぱりする。当然仏壇もないし、戒名なんてのもハナから論外だ。このチベットの葬送を理解すると金ばかりかかる日本の葬儀がいかに歪んでいるか、ということが感覚的にわかってくる。鳥とともに天空に消えていく故人に「あこがれ」のような感覚を抱いてしまう。(158ページ)

死んだあとは、この世に一切の痕跡を残さないというの、いいではありませんか。私も死期が迫ったら、このチベットの死生観に倣って身の回りのものを整理したいです。もちろんこのブログもSNSもすべて削除して、持ち物もどんどん減らして。鳥葬……というわけには行かないでしょうから、椎名氏が希望されているのと同じように、火葬してもらって海に散骨というのがいいなと思っています。