先日、通訳訓練の一環で外国人留学生のみなさんに私がいままでしてきた仕事を話すという機会がありました。留学生のみなさんは日本で、あるいは母国や第三国での就職を目指している方が多いので、参考になるかもしれないと周囲には言われたのですが、私自身は「どうかなあ……」と不安でした。私は何度も転職していますし、失業していた時期もありますし、大学で学んだことを全く活かせなくて結局いまは全然関係のない業界で仕事をしていますし。
ところが予想に反してみなさん真剣に聞いてくださったうえに、質疑応答では時間が足りなくなるほど質問が出ました。これは私の想像力や観察力が欠けていたからだと反省していますが、留学生のみなさんは私の想像していたのよりもずっと今とこれからに不安を抱えていて、大志を抱いて日本に留学してきたものの「これでよかったのだろうか」とか「これからどうなるのだろう」と日々思っているようなのでした。まあこれは留学生に限らず、お若い方なら誰もが抱く不安なのだろうと思いますけど。
出された質問をまとめてみると、以下の二つに集約されるように思います。「自分の夢が叶わない場合にどうすればいいか」と「日本は、そして世界は今後どうなっていくと思うか」です。う〜ん、いずれもそう簡単に答えることができない大きな問題ですが、私はおおむね以下のように答えました。
自分の夢が叶わない場合にどうすればいいか
というか、夢が叶わないことの方がほとんどですよね。私は美大に通って「将来はアーティストになる!」と思っていましたけど、そんな才能もなくあえなく挫折しました。美大生が100人いたら、アートで身を立てることができるのは1人いるかいないかだと思います。多少はアートと関係のある企業とか事業所で働く、あるいは美術を教える先生になる、みたいなのを含めても数人というところじゃないでしょうか。この割合は「ミュージシャンになる!」でも「研究者になる!」でもそう変わらないのではないかと思います。
でも私がいま感じているのは、例え夢破れたとしても、その時々で目指したことや学んだことや経験したことは、きっとなにがしかの人生の糧になるということです。かのスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で語った “Connecting the dots” という言葉がありますけど、一生懸命に取り組んだことは、あとから自分でも思いもよらなかったような形でつながることがある、いやきっとつながるのです。
ただこれ、曲がりなりにも「一生懸命に取り組んだ」というのがポイントだと思います。学習でも仕事でも「俺の本当の居場所はここじゃない」とか「俺はまだ本気出してないだけ」という感じで「腰掛け」でやっていると、結局はつながるものもつながらないんじゃないかと。英語で「天職」のことを “calling” と言うそうですけど、自分の進むべき道って自分で選んでいるようで実は自分の外から「呼ばれる(コールされる)」んですよね。
私もたいがいいろいろな職場で面倒を起こして転職を繰り返してきましたけど、そんなときに必ずどなたかが「じゃあウチにこない?」とか「これやってみれば?」と助けてくださったような気がします。それは少々口幅ったい言い方ですけど、一応その時々で取り組むべき仕事に一生懸命に取り組んでいたからだと思うんです。一生懸命な姿はどこかで誰かがきっと見てくれているはず。
最初からそれを期待してもダメですけど、今の持ち場で自分ができることは何だろうと常に考えて一生懸命にやっていると、それがあとから思いもよらなかった形で何かにつながる。そういう気がしています。もちろんこれ、見方を変えれば「ブラック企業で過労死寸前まで働け!」という囁きに悪用されそうな考え方かもしれませんが。
日本は、そして世界は今後どうなっていくと思うか
私は基本的に「世界はどんどん良くなっていく」と将来を楽観視しています。もちろん今だって胸ふたぐような出来事は多いですし、地球環境の悪化はどんどん顕在化してきていますし、昨日の森喜朗氏の発言などを見ても、日本のこの変わらなさ、特に中高年のジイサンたちの頑迷さはどうしようもないレベルだと思います。それでも、私が学生だった頃に比べたら、日本も、そして世界もずいぶん風通しが良くなりました。
私が学生だった頃なら、森氏の発言がここまで批判されることもなかったかもしれません。女性差別は今よりもっと酷かったですし、ジェンダーはもちろん、性的マイノリティに対する意識のレベルも桁違いに低いか、ないに等しい状態でした。街も今より汚くて乱雑でしたし、タバコはほとんどどこでも吸い放題でしたし、学校現場は荒れまくっていましたし、先日このブログに書いたようにハエも多かったし……。
どうしようもなく愚鈍で愚劣な人間は現代でも多いですし、自分だってそんな存在になってしまう危険性はありますけど、世の中全体で見れば世界はより賢い選択をしていくだろうと思っています。留学生の中には中国や台湾や香港の学生も多くいて、特に中華人民共和国のいまのありようを見ると、そうした華人留学生など「世界はどんどん良くなっていく」なんてとても思えないかもしれません。それでもきっと未来はもっと良くなるはず。そう信じて、できれば自分もその一助になるべく次の1ステップを上がっていくしかないですよね。
https://www.irasutoya.com/2016/01/blog-post_798.html
今回の「講演」は通訳実習を兼ねて行われました。通訳をした留学生のみなさんは最終学年なので、もうすぐ卒業を迎えます。私のひょっとしたら楽観的に過ぎるこういう答えをどう感じたのか、これから提出されてくることになっているレポートが心配、かつ少々楽しみです。