インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

学生のプレゼンをその場で訳す

留学生の通訳クラスで、今年度後半の授業開始時にこんな動画を使ってみました。オーストラリア在住の華人が、ご自身の好きな推理小説をお勧めするというYouTube動画です。

youtu.be

東野圭吾氏など日本の推理小説作家の話が出てきて、学生も楽しんで訓練していたようなので、これにヒントを得て、こんどは学生がひとりずつ自分がお勧めする本を紹介するプレゼンを中国語で行い、それをその場で日本語へ通訳するという課題を考えてみました。

最初は、ひとり10分から15分ほどのプレゼン時間を設定して、事前にグロッサリーやプレゼン用スライド資料なども提供してもらい、1回3コマある授業のうちの1コマをこの課題にあてようと考えていました。逐次通訳を入れてもひとりあたりだいたい30分ですから、毎回の授業で2人ずつプレゼンしてもらえると考えたのです。

ところが学生のみなさんは予想外に(失礼)とても充実した準備をしてきて、ひとりひとりの話も制限時間を大幅に超えてかなり長くなり、年内最後の授業日である昨日までかかってようやく全員の発表が終わるという結果になってしまいました。当たり前ですけど、中国語母語話者である留学生のみみなさんが中国語で語るとなると、乗りに乗ってしまうわけです。おかげで予定していた課題が大幅に先送りになってしまいました。

それに、中国語で発言して、それを日本語に訳すだけでなく、その訳出に対して私があれこれアドバイスやレビューをする時間もあります。それで予想以上に時間を使ってしまったわけです。ただ私としてはこの課題、とても学生のためになったと思いますし、私自身にとっても良かったと思いました。

学生のためになったというのは、まず、やはりみなさん自分の興味のある、そして人にぜひ勧めたい一冊ということで、事前準備に力が入るという点です。人前で話す以上、自分の話したいことを整理して、より分かりやすく人に納得してもらえるように話す工夫も必要で、これは通訳訓練で大切な「パブリックスピーキング」の練習になります。

また訳す側の学生も、クラスメートが一生懸命喋っているので、それをちゃんと訳してやろうというモチベーションが生まれるようだという点。普段使っている教材もそれなりに工夫して面白くしてはありますが、どこの誰だかあまりよく知らない人の話を訳すより、親しいクラスメートの話を訳す方が「身が入る」ということなのでしょうか。まあ実際に仕事で通訳をするときは、その「どこの誰だかあまりよく知らない人の話」を訳すことが大半なのですが(だから予習に力を入れます)。

そして私のためにもなったというのは、訳出に対するアドバイスやレビューの緊張感が半端ではないという点です。普段の教材は多かれ少なかれ、事前にディクテーションして文字起こしした原稿を作っておけますが、今回は教師の私も「ぶっつけ本番」で、当日その学生が何を話すのか事前にまったく分かりません(予習段階である程度予想はつきますが)。でもこれも、実際の通訳の現場ってそもそもそういうものです。

もちろん教育というフィールドでは、指導するポイントなどを把握するためにも事前にスクリプトを用意したほうがいいのですが、時にはこうやって教師自身の実力を試されるような課題もいいなと思いました。なにせ中国語母語話者が容赦なく中国語で話すその内容を、中国語非母語話者の私が聴き取って、さらに学生の訳出も聞いて、原発言との齟齬や欠けている部分などを指摘するというわけで。

学生のプレゼンと訳出の双方を聞いていて改めて思ったのは、みなさん中国語での思考はとても深いものを持っているんだなということです。当たり前すぎるくらい当たり前なのですが、普段は日本語方向への訳出ばかり聞いているので、どうしても母語ではない日本語の、いろいろな不備ばかりが突出してしまって、ついついみなさんの言語的な力を軽く見てしまうバイアスがかかります。

「日本語の拙さと、その人の知性はリンクしない」というのは、私たち教師が常に肝に銘じていることではありますが、ついつい忘れがちになってしまう。それを改めて気づかせてくれたという点でも、この課題はとても意義深かったなと思うのです。

qianchong.hatenablog.com

ところで余談ですけど、上掲のYouTube動画でこのYouTuberさんはこんなことをおっしゃっています。

其實我個人收藏了很多東野圭吾的小說的txt版本。我會把它分享到百度雲盤給大家。它是會放在下面的資訊欄裡,如果有興趣的朋友可以去看一下。


実は私、東野圭吾の小説のテキストバージョンをたくさん持っています。百度(中国の検索サイト)のクラウドドライブでみなさんとシェアしますので、興味がある人は動画の下にある概要欄を見てくださいね。

ちょっとちょっと、それはアカンでしょ……。

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