インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

SNS以外の文字を読む

Twitterを使い続けて十年あまり。時に放置したり、時に依存症気味になったりの濃淡はありましたが、毎日のように利用してきました。それでも最近は情報を入手するのが主で、自分からつぶやくことはかなり少なくなりました。こうやってブログに文章を書いてアップロードするときに、ついでにTwitterにも流すという使い方がほとんどです。

ときどき不愉快な目にも遭います。いわゆる「クソリプ」がそうですし、それから脈絡のない「エロ系」のコメントを飛ばしてくるアカウントもあります(後者は最近少なくなりました)。私はそうした方のアカウントはすぐに「ミュート」してしまいます。Twitterは議論する場所としてはとても不完全ですし、そうしたものを読むだけ時間の無駄ですし、気持ち悪いですし、怖い。でも、どなたかのアカウントを「ブロック」したことは一度もありません。

なぜか。考えてみると、ミュートはブロックよりも冷徹な行為ですよね。ブロックは相手にもその意思が伝わるという点でまだ辛うじて一方的なコミュニケーションが成立していますが、ミュートは相手にその意思さえも伝えず、ただただこちらから無視してあたかも存在しないもののように扱うということですから。私は酷薄な人間なのでしょう。

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https://www.irasutoya.com/2019/08/blog-post_38.html

今年は、これまでにもましてTwitterやその他のSNSから距離を置こうと思っています。そのぶん本を読むのです。特に職場の図書館に通う時間を増やそうと思います。コロナ禍の緊急事態宣言が再発令されたことによって、職場は基本リモートワークに移行しました。出勤してきている人はかなり少ないですが、大学や大学院などの研究機関が集まっているキャンパスなので、図書館は「時短」をしながらも開いています。

私は自宅が「激狭」で落ち着かないのと、根っからの社畜体質なのと、オンオフの切り替えがきわめて下手なのとで、ほとんど毎日時差出勤しています。そして業務の合間に人が少ない図書館に行って新聞各紙を読み、雑誌を読み、本を読むのです。TwitterなどのSNSやネットのニュースサイトから情報を得るのは手軽ですし「鮮度」も抜群ですが、それだけにときに底の浅い・不確かな・心惑わされる情報にも引き寄せられる。「ネット以外の文字」を読むことはかなり大切なのではないかと考えるのです。

コロナ禍は仕事や暮らしのあらゆる面に影響を与えて、正直しんどいと思うこともありますけど、人の少ない図書館でゆっくり勉強できるようになったのは数少ない「よかったこと」かもしれません。