インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

オンライン授業での学びにくさ

先週は公私ともに忙しくて、ジムのパーソナルトレーニングに行くことができませんでした。このジムにはずっと週二のペースで通っていたので、週末に顔を出したら「どうしました?」と心配されました。「やっぱりコロナ関係で忙しいんですか?」と。

確かにコロナ禍が始まって以来、なんだかバタバタバタバタ……と仕事に追われてきたような気がします。特に秋学期が始まってからは、オンライン一辺倒だった授業のカリキュラムが対面授業とのハイブリッドになり、学年によって登校日を変えたり、午前と午後で登校するクラスを入れ替えたり、なるべく「密」にならないような体制で授業が進んでいます。

でもその分、手間は二倍……とまでは言わないけれど、かなり煩雑になりました。対面授業は学生に通勤ラッシュを避けさせるため始業時間を遅らせる一方、オンライン授業は従来どおりの時間割。さらに学生が登校してくるのを狙って次の授業のプリント類を配ったり、オンライン授業で提出された課題をLMSのサイトに行って確認したり、その合間に次の授業のビデオを撮って編集とアップロードを行ったり。

いずれも必要な業務ですから、とにかく次々にこなしていくだけなのですが、ときどき「何やってるんだろう?」と思います。私は生来かなり飽きっぽい人間なので、こうやって自省モードに入っちゃったら黄色信号。だんだん仕事をする気がなくなってくるので、こうやってブログを書いたり、お能の練習をしたり、本を読んだりして気を紛らわせています。

オンライン授業も半年をこえ、だんだん要領は良くなってきました。でもその反面、オンライン授業における「物足りなさ」に耐え難くもなってきました。このブログでももう何度も書いていますが、オンライン授業特有のあの「隔靴掻痒感」がどうにも精神的に「くる」のです。

私が担当しているのは主に語学の授業ですから、そこでは音声の扱いがとても重要です。こちらの音声を届け、学生の音声を届けてもらう。そのインタラクションがとても大きな比重を占めているのです。ところが、現状のネット環境では、全員が音声をオンにした状態で授業を行うことができません。そこで私が常時音声をオンにしている一方で、学生は基本的に音声をミュートして参加しています。

発言や質問をするときには学生がそれぞれ音声ミュートを切って声を届けてきます。でもこれ、自分が学生側になって参加してみるとわかりますけど、わざわざ音声ミュートを切って発言するのってけっこう大変なんですよね。気持ち的にも、タイミング的にも。それで往々にして、授業では教師一人が延々声を届け続けることになります。

通常の対面授業だって、静かな学生さんを積極的に発言するために常に語りかけています。だからその点に大きな違いはないのですが、オンライン授業のミュートという、あの物理的に音声が切られている状態は、人を不安な状態に追いやるような気がしています。これも何度も書いた形容ですが、まるで山奥の静かな、波一つたっていない湖畔に立って、一人小石を投げ込み続けているような気持ちになるのです。

投げ込めども投げ込めども、あまりレスポンスや手応えがない、あるいは「打てば響く」感じがないというのは、かなりつらいです。授業というのは実は教師から学生への知識や技術の一方的な伝達ではないんですよね。学校なり企業なりで何かを誰かに教える経験をされた方ならたぶん同意してくださると思いますが、教えることは教わることでもあるのです。

誰かに何かを教えることで自分も教わっている。勉強になっている。自分は「こう」教えたのに「こんな反応」や「あんな反応」が、それも時には予想もしなかった方向から返ってくる。そうした自分の想像を超えた反応が帰ってくることで、結果的に自分も学ばされているのです。しかし、オンライン授業の音声ミュート環境ではそうした営みがかなり減殺されてしまう。

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https://www.irasutoya.com/2020/04/blog-post_838.html

そんな感じなことをトレーナーさんに話したら「分かります」とおっしゃっていました。このジムではコロナ禍で最初に非常事態宣言が出た頃、ジムを数ヶ月ほど閉じていました。その間トレーナーさんたちは、自宅から動画を撮って、フェイスブックのホームページに公開されていました。自宅でもできる簡単なトレーニングを、それぞれが工夫して教えてくださっていたのです。私もそんな動画を見て自宅や職場で「自主トレ」をしていました。

先日話をしたトレーナーさんはその時の経験として、「確かに、あるトレーニングのメニューを動画で紹介して、相手から何の反応もない中で『はい、では次に行きましょう』とやっていると、なんだか虚しかったです」と言っていました。よく分かります。普段のジムでの指導なら、トレーナーさんがそうやってメニューを提示して、私たちがやってみる。当然身体の使い方や姿勢などがよくないので、その都度トレーナーさんが手を添えたり声をかけたりして細かな調整を指導する……それが一方的な動画ではなくなってしまうのです。

トレーナーさんとしても、自分はこう教えたのに私はこんな動きをした、そこで「じゃあこういう言い方で指導してみようか」「この人に分かる形で言語化するにはどうしたら?」「ちょっと余裕をカマしているみたいだから負荷を上げてみよう」などといろいろ考えますよね。それがトレーナーさん自身のコーチング技術に良きフィードバックをもたらしているのです。

こちらが100教えたら、相手から120返ってくることがある。それが「教えること=学ぶこと」のダイナミズムなのです。でも一方的な動画でのレクチャーには「それ」が発生しない。リアルタイムのZoom授業であっても、音声ミュートがデフォルトの環境ではやはり「それ」が極端に少なくなる。私はそう考えています。