インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

丁寧に考える新型コロナ

岩田健太郎氏の『丁寧に考える新型コロナ』を読みました。「もう、『分かったつもり』はやめよう!」と帯の惹句にあるとおり、検査について、マスクについて、リスクヘッジについて……感染症専門の臨床医の立場から丁寧に説明されている本です。書名のとおり、とても丁寧に説明されており、岩田氏独特のユーモラスな筆致もあってとても読みやすいのですが、正直、内容は素人にはけっこう難しいです。

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丁寧に考える新型コロナ (光文社新書)

というか、このいま猛威を振るっている新型コロナウイルス自体が、とてもやっかいで正確に理解するのが難しいタイプのものなんですね。岩田氏は「人類史上いちばん変なキャラのウイルス」とおっしゃっています。そしてその理解しにくさは、私たちのような素人だけでなく、医療関係者であっても感染症に関する最新の専門知識に手薄な場合、簡単に誤解してしまうという類いのものであるらしい。

このウイルスの流行が始まってからこちら、私も様々な情報に接しながら自分のスタンスを変えざるを得ない状況に直面しました。ブログに書いていたことを振り返ってみても、感染のメカニズムやリスク回避の方法(例えばマスクの使い方など)について、あまりにも素人な考えを披露してきたものだなあと恥じ入っています。やはり専門家の言うことに謙虚に耳を傾けるべきだと改めて思いました。

この本でとても印象深かった点は二つ。ひとつは感染症の専門家が持っている「きれい」と「きれいじゃない」を感得し分けるその感覚の話。そしてもうひとつは日本におけるリーダーシップのあり方とその問題点です。

岩田氏は日本で新型コロナウイルス感染症の問題が急速にクローズアップされた、あのダイヤモンドプリンセス号の現場に入った際、短時間でそこを追い出されることになり、その時に感じた問題点をネットで発信して話題になりました。そのあたりの詳細も本書で語られていますが、氏はダイヤモンドプリンセス号に入った際、きちんと感染経路が遮断できるようなゾーニングができていないと感じた点について、こう述べています。

感染経路さえ遮断できていれば、感染症は予防できる。100年以上前に微生物学の巨人、パスツールが確立した(ほぼ)真理です。だから、我々感染防御のプロは、感染経路をきちんとイメージし、これをいかに遮断するかを感染対策の「キモ」とします。長くやっていると、それぞれの感染症の管制経路はビジュアルにはっきりとイメージできるようになります。(中略)ちょうど、良いサッカー選手がドリブルやパスの経路が「見える」ように。(224ページ)

だからダイヤモンドプリンセス号でも感染経路が見えてしまったと。「感染症的な『きれい』を感得するには、年季がいるのです」ともおっしゃっています。私はこの、知識と技術に熟達した人にのみ「見える」、感得できるという点が非常に重要だと思います。だからこそ専門家の意見に耳を傾けなければならず、素人が勝手な解釈で専門家を振り回してしまってもいけないのです。

そしてまたそうした専門家を振り回す素人が日本のリーダーたちの中にもいるという点が大きな問題です。「アベノマスク」や「小学校の一生休校」から現在の「GoToキャンペーン」まで、何度も首をかしげざるを得ない状況がこの国には出来し続けていますが、岩田氏はその原因のひとつとして(氏はそうハッキリおっしゃっていませんが)リーダーシップの不在を挙げています。

日本のリーダーはどちらかというと調整型なんです。要するに「俺たちの部署全員PCRしろ」と詰め寄って来る人たちに、「まあまあまあまあ」と言って、みんなをなだめて回るタイプです。それが組織のトップのメインの仕事になっている。「いや、今はそういうことではなくて、感染対策にまず邁進して、みんなの安心はその後だ」というようなことを言ってくれるリーダーは非常に希有なんです。(314ページ)

そしてまた、こうした未知の感染症に立ち向かう際の姿勢としての臨機応変さの欠如、ここにも岩田氏は日本独特の風土を感じ取ります。

感染症対策について)日本の場合は、この行きつ戻りつっていうのが、若干、苦手というふうにぼくは感じています。「みんなで決めたんだから」ってい日本でよく言われる言葉があって、決めてしまったら動けない。前に行くにしても、後ろに下がるにしても、です。つまり、ものを決めるときに空気で決めるので、その空気が醸成されてしまうと、もう引き返せないんです。(中略)だから日本では、いったん「自粛モード」になると、途端にみんなすごく極端になって、自粛モードで勝手にやってくれる。でもこれは、別に日本人が勤勉だからでも規律正しいからでもなくて、同調圧力がやたらと強いだけなんですね。みんなでオッケーモードになると、今度はみんなオッケーになっちゃうんです。それがまあ、一つ、大きい問題かなと思いますね。(333ページ)

今回のこの新型コロナウイルス感染症は、日本の私たちの暮らしや仕事のあり方に大きなインパクトを与えつつあります。私たちはこの経験を、感染症予防にとどまらず、もっと広く大きな視点でとらえ、世の中のあり方を少しでも良い方向へ変えていく契機にしなければならない。岩田氏のこの本を読んでそんなことを考えました。